スマートフォンやビーコンにより従業員の社内での位置情報を取得できるようになったことで、企業は従業員の動態データに基づいた業務効率化が実現できるようになりました。企業にとってはメリットが多いですが、法的なリスクもあることを認識する必要もあります。そこで本記事では、従業員の位置情報を取得することのメリットや、法的リスクの存在、また企業が取りうる対策について解説します。
ビーコンによる従業員の位置情報取得のメリット
働き方改革の一環で、オフィスにおける「フリーアドレスの導入」が注目されています。これはオフィスに個々の席を設けず、従業員自身で自由に席が決められるスタイルのこと。毎日違う席に座ることで従業員のリフレッシュになるほか、他部署の従業員同士が同じエリアに集まることも容易にできるため、社内の風通しがよくなることにもつながります。
しかし、誰がどこにいるのか場所がわからなくなることは、企業にとってさまざまな弊害もあります。そこでスマートフォンやパソコンに実装されている近距離用の無線通信技術「Bluetooth」を利用し、従業員の位置情報を把握する「ビーコン」の導入が進んでいます。
ビーコンで従業員の現在位置を把握することは、企業にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。以下に詳しく紹介しましょう。
社内空間の効率的な利用
ビーコンのメリットは、リアルタイムに従業員の動態データを取得できることです。例えば複数人数でミーティングを行いたいときは、迅速に空きスペースを把握可能。
フリーアドレス制は、混雑のない場所をシステムが教えてくれます。個々人は、空いた場所を探す手間がなくなるため、業務の効率化につながるのです。
さらに位置情報を蓄積することで、各スペースの稼働率を分析することもできます。そうしたデータはオフィスのレイアウト変更や会社移転を行う際の効率的な空間づくりにも役立つでしょう。
ウイルス感染防止に活用できる
ビーコンによる位置情報の取得は、新型コロナウイルスなどの感染症対策にも活用できます。万が一オフィスで感染者が出た場合、感染拡大防止のため濃厚接触者の把握は大変重要になります。しかし、位置情報がなければ特定は困難でしょう。その点、ビーコンを導入していれば感染者の周囲にいた従業員を正確に割り出すことができます。
また、リアルタイムに混雑した場所を知ることができるため、密接状態の回避にも役立ちます。ビーコンの特徴を上手く利用することにより、社内の感染リスクも下げられるでしょう。従業員の多くがウイルスに感染すれば、業務を一時停止せざるを得ない場合もあります。感染対策を効果的に行うことは、結果的に業務の効率化にもつながるのです。
従業員の位置情報取得の注意点
ビーコンによる位置情報取得は企業にとって多くのメリットがありますが、一方でプライバシー権の侵害など法的なリスクもあります。では、具体的にはどのようなリスクがあるのでしょうか。以下に詳しく解説します。
ロケーションハラスメントに問われるリスク
ロケーションハラスメントとは、位置情報を悪用して特定個人の位置や移動状況を監視してプライバシー権を侵害する行為のことを言います。
企業による位置情報の取得は、「空きスペースの把握・従業員の所在確認」など、適切な目的で運用されている限り、法的に問題はありません。しかし私的な理由で特定個人を監視することで、従業員が「プライバシーを侵害されている」と感じた場合は、違法性を問われる可能性があります。
そうしたリスクを最小限にするためには、ビーコンの運用が適切であると従業員に理解してもらう必要があります。そのために企業が取るべき具体的な対策を次の項目で説明しますので、参考にしてください。
従業員へのモニタリングの目的を説明する必要がある
企業が勤務時間内に従業員の位置情報を確認することは、労務指揮権の一環と見なされ、基本的にはプライバシー権の侵害には当たりません。ただ、従業員の氏名や生年月日などと紐づけされた位置情報は、個人情報保護法2条が定める「個人情報」に当たるおそれがあるため、企業側も充分に配慮する必要があります。
経済産業省は、平成28年「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」において、オンラインによる従業者のモニタリングを行うに当たって留意するべき事項をまとめています。
- モニタリングの目的、すなわち取得する個人情報の利用目的をあらかじめ特定し、社内規程に定めるとともに、従業者に明示すること。
- モニタリングの実施に関する責任者とその権限を定めること。
- モニタリングを実施する場合には、あらかじめモニタリングの実施について定めた社内規程案を策定するものとし、事前に社内に徹底すること。
- モニタリングの実施状況については、適正に行われているか監査または確認を行うこと。
以上を踏まえると、企業の位置情報取得については、事前に目的や実施方法を明示した社内規定を定めておくべきだと考えられます。
なおこのガイドラインは、平成29年の個人情報保護法改正によって廃止されているため、現在では参考資料としての取り扱いとなっています。
また、社内規定に定めるだけでなく直接従業員に説明して理解を得ることも重要です。従業員は会社組織を構成する一員ではありますが、一個人であることを尊重した上で、適切なモニタリング運用を行いましょう。
従業員の位置情報取得は就業時間中に限る
企業が従業員の位置情報を勤務時間外まで取得することは、プライバシー権の侵害に当たります。平成24年5月31日の東京地裁判決による裁判例があります。
これは雇用主がナビシステムを用いて従業員の位置情報を把握することがプライバシー権の侵害に当たるかどうかについて示したもので、勤務時間外(早朝、深夜、休日、退職後)に限っての不法行為を認めているのです。
ビーコンの活用は勤務時間内に限るということを、企業側も肝に銘じておく必要があるでしょう。
まとめ
働き方がフレキシブルになった現代において、ビーコンを活用してフリーアドレスで仕事を行うことは、企業側にも従業員側にも多くのメリットがあります。一方、位置情報を把握されることに抵抗がある人も少なくありません。運用については社内規定で目的や実施方法を定め、従業員に説明して理解を得た上で行うことが大切です。