今日のビジネス環境において、企業が安定的に成長していくためには、既存顧客との関係を良好に維持し、顧客生涯価値(LTV)を最大化することが重要です。本記事では、顧客生涯価値の基本的な定義からはじめ、重要視される理由やメリット、計算方法、改善策などについて、詳しく解説します。
顧客生涯価値(LTV)とは?
「顧客生涯価値」とは、顧客が取引を開始してから終了するまでの全期間を通じて、自社へもたらした総利益を意味します。簡単に言えば、顧客一人あたりが自社に落としてくれる利益の総額です。英語では「Life Time Value」と記載されるため、「LTV」と略されることもしばしばあります。
昨今では、多くの顧客から広く浅く利益を受け取るよりも、顧客一人ひとりとの関係を良好に維持して、最大限の利益を得ることが重要視されており、LTVの向上は現代の企業にとって、非常に大きな課題です。
顧客生涯価値が重要な理由
昨今において、LTVを重要な経営指標と見なす企業が増えているのはなぜでしょうか。
新規顧客を獲得するより、既存顧客を維持する方が利益率がよい
LTVが重要視されている背景にあるのは、「新規顧客を獲得するよりも、既存顧客から利益を得る方がコストパフォーマンスに優れている」という考え方です。マーケティングの世界には、「1:5の法則」と呼ばれる仮説があります。要するに、新規顧客の獲得は既存顧客との関係維持より、5倍のコストがかかることを表しています。
このように、多大なコストをかけた新規顧客の獲得よりも、既存顧客向けのリピート購入の働きかけの方が利益率が高い、という戦略的思考が広がったことから、顧客一人ひとりから得られる利益にフォーカスした、LTVに注目する企業が増えました。
少子化問題の影響
少子化問題の深刻化も、LTVを重要視する流れを後押しする要因です。現在、日本の出生数は年々低下してきており、総人口も2010年にピークを迎え、すでに減少に転じています。「2050年代には人口が1億人に満たなくなる」という予想から、将来的には日本の市場人口そのものが縮小していくことが確実視されています。
市場人口が縮小していくと、今後の企業による新規顧客の獲得は、ますます厳しくなるでしょう。つまり、今後さらに進行していく少子化において、企業が生き残るためには、一度獲得した既存顧客を離さないことが第一です。このような社会的背景から、LTVは将来的に重要な経営指標になると考えられます。
サブスクリプションサービスの普及
昨今では、デジタル産業を中心に、サブスクリプションサービスが普及したことも、LTVが重要視される理由のひとつです。従来の買い切り型のビジネスとは異なり、顧客がサービス使用料を定期的に企業へ支払う形になります。
逆に言えば、そのサービスを気に入らなければ、顧客は早々に解約してしまうため、サブスクリプションサービスで成功を収めるためには、いかにして顧客一人ひとりを長期間、引き留められるかが勝負の鍵です。このような特性をもったサブスクリプションサービスが増えたことで、LTVが重要な経営指標として注目されるようになりました。
優れたCX を実現する「顧客データ」活用のあり方を探る
顧客接点の多様化を味方につけて差別化が難しいデジタル時代を生き抜く
顧客接点のオムニチャネル化が進む今、顧客エンゲージメントの強化やロイヤルカスタマーの育成は、あらゆる企業にとって共通の重要課題です。多くの企業は以前からCRM などのIT ソリューションを活用することで顧客対応の最適化を進めてきました。
しかし、デジタル化がさらに加速する現在では、顧客対応においてどのようにデータと向き合い、どのように顧客体験を向上させていけばよいのでしょうか。オイシックス・ラ・大地株式会社 奥谷孝司氏とSAP ジャパン株式会社 富田裕史氏の対談から、その方向性を探ります。
顧客生涯価値を高めるメリット
LTVを高めるメリットとしては、主に以下のことが挙げられます。
先行投資が可能になる
LTVが高いことは、顧客一人ひとりと安定的かつ継続的な関係を維持できている証拠です。別の面から見ても、利益が安定して入ってくるため、経営の予測が立てやすいとも言えます。
経営状態が安定して予測が容易になれば、先行投資の決断しやすさにつながります。必要なリソースを投じて、製品研究や事業開発などを進め、LTVの向上を促すことにより、そこで得た利益は事業への再投資が可能です。したがって、LTVの向上により、自社が持続的に成長していくための好循環を生み出せるでしょう。
顧客が宣伝してくれる
LTVを高めるには、既存顧客を自社に引き留める努力が欠かせません。要するに、LTVの向上を目指す施策には、顧客ロイヤルティを向上させる取り組みが含まれます。
ロイヤルティの高い顧客とは、簡単に言えば自社ブランドのファンであり、深い愛着をもっているため、簡単に競合他社へ離脱する心配がありません。それどころか、自分の家族や友人などに、自社ブランドの素晴らしさについて、自発的に宣伝してくれる存在です。
昨今では、SNSの普及によって、誰もが情報を発信できるようになっているので、影響力の高いインフルエンサーが自社ブランドの広告塔になった場合、広範囲で新規顧客を獲得するチャンスを得られるでしょう。同じ顧客という立場からの率直な称賛の声は、潜在顧客にとって信頼性が高く、自社ブランドの評判を大きく上げるきっかけになります。
営業にかかる費用を抑えられる
LTVの向上への注力は、営業活動にかかる費用や労力の節約につながります。前述した「1:5」の法則によれば、新規顧客の獲得にかかるコストは、既存顧客の維持にかかるコストの5倍です。
新規顧客は、自社の商品・サービスに関心をもっているかが定かではないため、いくら営業に取り組んでも、空振りに終わってしまう可能性があります。それに対して、既存顧客は自社の商品・サービスに関心をもつ上、すでに接点もあるため、はるかにアプローチが容易かもしれません。各顧客のLTVを分析することで、アピールの優先度が高い顧客を特定し、営業活動におけるコスト配分の最適化や収益性の向上も可能です。
顧客の傾向を把握できる
LTVの向上に取り組むことで、顧客一人ひとりのデータが充実し、各顧客の購買傾向などを把握しやすくなります。前述した通り、LTVが高いことは、それだけ自社と顧客が継続的な関係を構築できている証拠です。
そして、継続的な関係の維持に伴い、各顧客が「どのような商品・サービスを好んでいるか」、あるいは「どのようなマーケティングに反応するか」などの、細かい顧客分析データも蓄積できます。さらに、このデータは優良顧客であるほど、自然に蓄積していく形です。
「パレートの法則」では、企業の売上の8割は、上位2割の優良顧客によってもたらされている、と考えられています。LTVの向上において、顧客データを豊富に収集し、顧客分析の精度を高めれば、優良顧客にフォーカスした施策を実施することも容易になるでしょう。顧客一人ひとりを深く理解し、パーソナライズされた施策の実施により、顧客満足度を上げ、LTVの向上が促進される好循環を生み出します。
顧客生涯価値の計算方法
LTVの計算式は、全顧客の平均値や個人レベルの数値を求める他、年齢や性別などの特定の要素で顧客をセグメンテーション(グループ化)した、各セグメントレベルの数値を求めるなど、複数の方法があります。
最もシンプルな計算式としては、以下が挙げられます。全顧客の平均LTVを求めたい場合は、3つの項目の平均値を当てはめましょう。
「LTV=購買単価×購買頻度×購買期間」
とはいえ、商品・サービスの提供には原価などのコストも必要なので、より正確なLTVを求める場合は、以下のように計算式に収益率を導入します。
「LTV=購買単価×購買頻度×収益率×購買期間」
あるいは、以下の計算式も可能です。
「平均LTV=(売上高-売上原価)÷購入者数」
顧客一人ひとりのLTVを、それぞれ計算するのはあまり現実的ではないため、実際にLTVを扱う際は、基本的に平均値を用いることが通例です。
理解しておきたい3つの用語
LTVの計算には、「購買単価」「購買頻度」「購買期間」の3つが、重要な要素であり、それぞれの数値を底上げすることで、LTVの向上を実現できることを表します。以下より、3つの要素について、それぞれの意味と改善策をチェックしておきましょう。
購買単価
購買単価とは、顧客の1回あたりの平均取引額です。サブスクリプションサービスの場合は、契約プランの月額、または年額料金が該当します。
購買単価を上げる最も容易な方法は、既存のサービス単価の値上げです。とはいえ、顧客にとって合理的な理由が感じられない一方的な値上げは、顧客離れを引き起こす要因になるため、気軽に使える手段ではありません。
単純な値上げ以外の手段としては、「アップセル」や「クロスセル」の促進が挙げられます。アップセルとは、現在利用しているサービスよりも、高額かつ高品質のサービスへ顧客を誘導することです。サブスクリプションサービスで言えば、「ベーシックプラン」から「エンタープライズプラン」へのグレードアップなどが該当するでしょう。商品の買い替えや契約更新のタイミングが、アップセルのチャンスです。
また、クロスセルとは、顧客が利用中のサービスとは別の関連サービスの購入へ誘導することを意味します。例えば、ECサイトで商品を購入した際、「この商品を購入した人はこちらの商品も購入しています」などのメッセージ表示を見たことはないでしょうか。このようなレコメンドは、クロスセルの典型例であり、「ついでにこれも購入しようかな」と、顧客に思わせることが狙いです。
購買頻度
購買頻度とは、一定期間において、顧客が自社の商品・サービスを購買した回数を指します。LTVを計算する際、一定期間は基本的に1年間として設定することが通例です。
購買頻度を上げるには、顧客が自社の商品・サービスを意識する回数を増やすことであり、宣伝や配信を通して、定期的な顧客に対するコンタクトが欠かせません。
例えば、ECサイトの場合、「買い物カゴに入れっぱなしで、購買手続きが完了していない商品があった場合に、リマインドメールを送信する」などの事例が挙げられます。定期的な買い替えなどが必要な商品の場合にも、こうしたリマインドメールは役立つでしょう。ただし、頻繁にアピールしすぎると、不愉快だと感じられてしまうおそれもあるため、適切な加減を見極めるべきです。
購買期間
購買期間とは、顧客が自社と取引を開始してから終了するまでの期間を指し、「顧客寿命」とも呼ばれます。購買期間を延ばすには、定期的な情報発信などにより、自社の商品・サービスに対する、顧客の関心や購買欲を継続させることが必要です。
例えば、現在のスマホゲームは、定期的な追加コンテンツの配信が一般的ですが、これはユーザーの関心を継続させ、そのゲームにできるだけ長い時間つなぎとめるための手法です。また、優良顧客を狙い撃ちした施策としては、会員限定の特別セールや、一部の顧客にしか提供されないロイヤルティプログラムの開発などが挙げられます。こうしたサービスの提供により、「自分は特別扱いをされている」と顧客の自尊心を促し、商品・サービスへの愛着をさらに深めてもらえるでしょう。
顧客生涯価値を高めるための具体的な方法
最後に、LTVを高めるために役立つ、具体的な方法をいくつか紹介します。
アフターフォローを行う
顧客を長くつなぎとめるには、アフターフォローを行うことも重要です。例えば、購入した商品・サービスに関して、疑問やトラブルが生じた際に、カスタマーサポートで親身に相談にのってもらえるかどうかは、顧客体験に大きく影響します。
オペレーターから満足できる対応を受けられた場合は、ある程度の不満の解消は見込めますが、逆に不愉快な対応を受けてしまった場合は、あっさりと他のブランドへ離脱してしまうかもしれません。また、コールセンターへ電話しなくても済むように、ヘルプページの内容を充実させたり、メールやSNS、チャットボットなどを活用して、問い合わせチャネルを多様化したりすることも検討すべきです。
昨今では、顧客が商品・サービスの価値を最大限に引き出せることを目的に、カスタマーサクセスに取り組む企業が増えています。例えば、マニュアルなどの整備を通して、顧客が商品・サービスをスムーズに使いこなせるように支援する、「オンボーディング」と呼ばれる取り組みもその一例です。いくら商品・サービスの購入までたどりついたとしても、その価値を正しく実感できなければ、顧客は離れてしまうので、カスタマーサクセスなくしてはLTVの向上は難しいでしょう。
メールマガジンの配信
購買頻度や購買期間を改善するには、メールマガジンの配信も効果的です。とはいえ、すべての顧客に対して同じ内容を配信するのでは、高い効果を期待できません。なぜなら、顧客はそれぞれ異なった興味・関心を持っているからです。
したがって、メールマガジンの内容は、顧客の属性や購買傾向などに沿って、パーソナライズすることが重要です。また、利用中のサービス以外のサービスについても宣伝を行うことで、顧客単価の向上を叶えられます。
配信するタイミングとしては、サービス更新時や買い替え時期などをおすすめします。あるいは、セール時に告知のために活用してもよいでしょう。いずれにしても、顧客の興味・関心が高まりやすい時期や内容を見計らった上での配信が望ましいです。
イベント、キャンペーンセールなどを行う
オンライン・オフラインを問わない、イベントやキャンペーンセールの実施も有効です。特別感のあるイベントやキャンペーンセールは、顧客満足度への直接的なアプローチになります。また、大々的に宣伝することで、多くの新規顧客を獲得できるかもしれません。
あるいは、会員限定や優良顧客限定の企画や特典なども織り交ぜることで、該当する顧客のロイヤルティも高められるでしょう。このようなイベントを定期的に開催することで、顧客の興味・関心を継続させ、購買期間の長期化へとつなげられます。
複数のバリエーションを持たせる
アップセルやクロスセルを活用し、購買単価を向上させるには、商品・サービスに複数のバリエーションを用意するとよいです。例えば、スマホに対する液晶保護フィルムのように、既存の商品と親和性の高い商品をセット売りすることで、クロスセルを促進できます。
あるいは、商品・サービス内容の系統は同じでも、価格帯にバリエーションをつければ、アップセルの促進も可能です。この際に、自社が一番推したいサービスを中間層に設定することが、重要なポイントになります。
「高価・普通・安価」と、商品・サービスが並べられている場合、人間心理としては中間のプランに一番手を出しやすいので、ここに自社が注力したいサービスを導入することにより、自社の理想である方向に向けて、顧客を誘導しやすくなるでしょう。最初の段階において、中間の「普通」プランに満足してもらえれば、さらに上の「高価」のプランへと、手を伸ばしてもらえる可能性が高いと考えられます。
まとめ
少子化やサブスクリプションサービスの普及などに伴い、顧客生涯価値(LTV)の最大化は、今後の重要な課題になってくると考えられます。LTVを向上させるには、自社のメインターゲットとなる顧客層を可視化・分析し、その特性に沿ってパーソナライズされた施策が欠かせません。
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