CX(カスタマーエクスペリエンス)は、顧客がサービスや商品に興味を持ってから購入した後までを含むすべての体験を指します。サービスや商品の価値に顧客個人の感情的な価値を付加することにより、顧客満足度の向上や他社との差別化が図れます。本記事ではCXを向上させる方法や阻害要因、成功事例を紹介します。
CX(カスタマーエクスペリエンス)の向上が重視される背景
近年のビジネスシーンにおいてCXの向上が重視されるようになった背景には、複数の要因が考えられます。特に注目するべき要因は、インターネット技術の発達と価値観の多様化です。
インターネット技術の進歩により、サービスや商品の情報取得が以前よりも容易になっています。かつて、これらの情報は雑誌や広告などの限られた媒体で得るのが一般的でした。しかし、現在はインターネットへ手軽にアクセスできるデバイスの普及や発信プラットフォームの充実などにより、顧客が取得できる情報量が格段に増えています。それにともない、顧客の選択肢も増加しました。複数の欲しいサービスや商品をまとめて比較しやすくなり、自分にとってよりよいものを手軽に手に入れられる時代です。
そのため、企業は商品やサービスのコモディティ化を避け、CX向上による差別化を図る必要性が生じています。顧客がサービスや商品を購入するときだけではなく、購入前から購入後までを通してよりよい体験をし、体験が付加価値になるような施策が必要です。顧客との接点を長期間保ちながら、いかに高い満足度を与えられるかが差別化を図る鍵です。
価値観の多様化もCX向上が重視される理由です。人々の価値観は多様化しており、それにともない顧客のニーズも多様化・複雑化しました。これまでのように企業側から一方的な価値を提供するだけでは、顧客がサービス・商品の購入に至ることはありません。企業は顧客のニーズに合わせた細かいサービスや商品を提供する必要性が生じています。そのためにもCXの向上が重要です。
また、顧客に対してよりよいサービスや商品を提供するためにカスタマーファーストや顧客対応の重要性が高まっていることも、CXが重視される理由です。CXの向上で顧客満足度や顧客ロイヤルティを高めることで、リピート率や新規顧客獲得率の上昇につなげやすくなります。
このような背景の把握は、企業にとって重要です。企業は顧客のニーズや要望を理解し、よりよい体験を提供することで、他社との差別化や顧客満足度の向上を目指す必要があります。
CX向上を阻害する原因
CX向上を阻害する主な原因としては、顧客応対品質の低下、フロントオフィスとバックオフィスの分断、デジタル技術活用の不足などがあげられます。
顧客応対品質はサービス品質の要であり、ビジネスシーンにおける重要項目です。顧客が満足する体験を提供するために一定のクオリティが必要であることは言うまでもありません。しかし、顧客応対品質が低下していると、顧客に対して適切なサービスが提供できません。顧客の不満や不信感を招く結果になり、CX向上を阻害します。店員、営業、コンタクトセンター、サービス部門のような、顧客と直接関わるフロントオフィス業務にふさわしい人材育成やマネジメントが必要です。
フロントオフィスとバックオフィスの分断もCX向上を阻害します。バックオフィスが管理する顧客情報や契約内容、在庫状況などは、フロントオフィスとスムーズに共有するべきです。両者が分断されていると正確な情報が共有しづらくなり、顧客に対して質の高いサービスが提供できなくなる恐れがあります。良質なCXを提供するには、両者のデータやシステムをシームレスに連携したワンオフィスの考え方が重要です。
デジタル技術の活用度合いもCXに関係します。導入したデジタル技術を活用し、顧客によりよいサービスが提供できる機会があるにもかかわらず、実際には活用できていない企業は少なくありません。その場合、技術が無駄になるばかりではなく、CX向上の機会を逃してしまいます。デジタル技術の適切な活用が必要です。
CX向上によって企業が得られる3つのメリット
CX向上は企業にさまざまなメリットをもたらします。リピーターやファンの獲得、認知拡大、ブランディング効果の3つがその代表格です。
リピーターやファンの獲得
CX向上により、顧客ロイヤルティが高まり、リピーターやファンの獲得が期待できます。
サービスや商品そのものの価値を高めることは大切ですが、顧客の価値観が多様化し、市場が成熟した現代では、それだけでは顧客に訴求できません。CXはサービスや商品の価値に、購入までの流れや実際に利用した体験も含めたプラスαの価値が加わります。そのため顧客によりよい価値を提供してCXが向上すれば顧客ロイヤルティの上昇につながります。
ロイヤルティが高い顧客は企業やブランドに対する信頼や愛着の度合いが大きいため、リピーターやファン化に期待できます。リピーターやファンの存在は企業の安定的な成長に欠かせません。
ファンによる宣伝効果と認知拡大
サービス・商品や企業のファンになった顧客は、自らが満足した体験を他の人に伝えたい・共有したいと考え、SNSや口コミなどで発信してくれる可能性があります。好意的な口コミや評判は、新規顧客の獲得にもつなげられます
ファンから広がる情報が大きな宣伝効果を持ち、サービスや商品の認知拡大、ブランドイメージの向上につながることは珍しくありません。その体験が顧客にとって発信したくなるようなものであればあるほど、情報は広がり、宣伝効果や認知拡大効果を発揮してくれるはずです
これらの宣伝はファンが自発的に行ってくれるため、企業は宣伝コストをかけずに大きな効果を得られます。そのためには顧客のニーズに応じたサービスや商品を提供し、顧客に優れた価値を提供してCXを向上させることが重要です。
ブランディングによる他社との差別化
CX向上はブランドイメージを高め、ブランディングを成功に導く効果があります。このことにより、競合他社や類似サービス・商品との差別化が期待できます
市場が成熟化した現代では、同じサービスや商品を提供している企業が多く、顧客はひとつの要望に対して多くの選択肢を持つことになります。その選択肢の中から自社を選んでもらうためには、他社との差別化が必要です。良質なCXの提供を通じて「他にない」という価値を持たれることによって差別化を図れます
ブランドイメージが向上すると顧客は企業やブランドに対する不安が払拭されるため、最初に購入した商品だけでなく、一貫して同じブランドのものを購入する可能性が高まります。その結果、他社との価格競争を回避でき、利益率の向上にもつながります
4ステップで取り組む! CX向上を目指す方法
CX向上が実現すれば継続率の上昇によってLTV(顧客生涯価値)が高まり、クロスセルやアップセルにもつながります。結果的に企業の収益増大に貢献するため、自社の成長を考えるのであれば効果的な施策を検討してCXを向上させていくべきです
具体的には、最適なペルソナ設定やカスタマージャーニーを含めたCX戦略の策定と施策の実施、施策後の適切な効果測定と改善が求められます。
1. 具体的なペルソナを数パターン設定する
まずは、自社サービスや商品を求める典型的、かつ、平均的なペルソナを設定します。ペルソナの設定は自社の顧客像を把握し、それに基づいたサービスや商品を提供するために重要です。顧客の視点に立った価値を提供するためには、ペルソナを社内で共有することが欠かせません
ここでは具体的な人物像の設定が必要です。年代や性別だけではなく、年収や家族構成、ライフスタイルなどにも注目し、詳細な設定を行いましょう。このとき、思い込みや自社が望むペルソナを設定するのは避けましょう。既存顧客へのヒアリングや市場調査などを通じて得た客観的な情報を活用し、現実的なペルソナを設定することが大切です
ペルソナは社内やチームにおける認識のずれを防ぐために一人設定するのが基本ですが、サービスや商品によっては一人に絞りきれない場合もあります。その場合は数パターンのペルソナを設定しましょう。これにより、現実感のある顧客像が浮かび上がる場合があります。自社のサービス・商品の強みや課題の把握にも役立ちます。
2. カスタマージャーニーマップを作成する
カスタマージャーニーマップの作成は、顧客の視点を把握し、改善点を見つけ、迅速に対応するために欠かせないプロセスです
カスタマージャーニーマップは顧客がとった購買行動の流れをまとめられる効果があります。このことにより、顧客が購入までにどのようなステップを踏んでいるかを可視化できます。ステップを可視化することで、顧客体験における課題や改善ポイントが特定しやすくなり、スムーズで効果的な施策につなげやすくなります
また、カスタマージャーニーマップの作成は、顧客視点で自社のサービスや商品を見つめられることも特徴のひとつです。顧客が自社のサービスや商品にどのような価値を感じているか、何を重視しているかが分かりやすくなります
チーム内での情報共有や意思決定にもカスタマージャーニーマップの活用がおすすめです。チーム内で同一のマップを共有することにより、迅速な意思決定や戦略策定が実現できます。
3. CX戦略を策定し実施する
設定したペルソナとカスタマージャーニーマップを基に戦略を立てて実施するプロセスです。顧客のニーズに応えた戦略であるかどうかを判断しながら策定し、顧客一人ひとりの興味や趣味嗜好に合った最適なアプローチを実施します
現状の課題解決につながるかどうかも、CX戦略の策定で重要なポイントです。本質的な課題は何であるかを考え、効果的な施策や改善につなげましょう。自社と条件や環境が似ている業界内での事例を参考にすることもおすすめです
具体的なKPIを設定しておくと、施策後の効果測定に役立ちます。KPIは数値設定のため、定量的に評価しやすいことがメリットのひとつです。継続率やCVR、アクセス数などさまざまな指標があるため、自社が達成したい目標を踏まえて設定・測定しましょう
一方で、CX戦略の立案には感情的な価値を重視することも欠かせません。顧客の感情にフォーカスすることによって、顧客満足度やロイヤリティが高められます。感情的な価値については、提唱者のバーンド・H・シュミット博士が著書の中で「感覚的」「情緒的」「知的」「肉体的」「社会的」の5つに分類していますので参考にしてください。
4. KPIに基づく効果測定とPDCAサイクルの推進
施策の実施後はKPIに基づく効果測定を行い、PDCAサイクルを回します。定期的な戦略の振り返りは、現状把握や課題の発見、改善を実現し、CXを向上するために大きな役割を果たします
KPIに基づく効果測定により、CX戦略の目標達成度合いを定量的に評価でき、戦略の有効性や改善ポイントの把握につなげられます。CX戦略が自社のビジネス目標に貢献しているかどうかの判断材料にもなります
PDCAサイクルの推進は、持続的な改善を実現するために必要です。「計画(Plan)」「実行(Do)」「評価(Check)」「改善(Act)」の4プロセスを繰り返しながら、現状の課題を把握し、継続的な改善を行います。
CX向上を成功させた取り組み事例
CXが注目される昨今、CXを向上させる施策に取り組み、成功させた企業は少なくありません。事例を知ると、CX戦略が効果的であることが分かります。以下では4社の成功事例を紹介します。
事例1. 柔軟な組織連携で多様化する顧客の声に対応
国内の大手損保会社では、多様化する顧客のニーズに対応するため、柔軟な組織連携で情報公開を行いました。結果としてNPS®(企業への愛着・信頼度)を向上させることにつながっています
まず、CX業務を行うセクションを立ち上げ、顧客から届いた意見をまとめ、改善レポートを公開しました。一般的な企業では寄せられた意見の中からポジティブな声を拾い上げる傾向があります。しかし同社はネガティブな意見も公開することにより、課題解決への能動的な態度を示すことに成功しました
ポジティブ、ネガティブにかかわらず情報を公開し、判断を顧客にゆだねるという姿勢がCXを向上させた成功事例です。
事例2. 新たなコーディネート提案でシームレスな購買体験を実現
家具やインテリア用品を手がける小売企業は、顧客にとって新たな購買体験となる場を提供しました。インターネット上にバーチャルショールームを作り、実店舗へ行かなくてもストレスなくショッピングができる環境を構築しています
3D技術で実店舗を撮影したリアリティのある映像の中、自宅にいながらコーディネートルームを体感できるシステムになっています。コーディネートルームの商品をクリックすると自社公式通販サイトからダイレクトに購入できる機能もあり、一度アクセスした空間を離脱しなくてもショッピングができるシームレスな体験が可能です
実店舗へ行けなくても好きなブランドの商品を手軽に購入できるサービスと、これまでにない新たな購買体験は、CX向上の成功事例として参考になります。
事例3. 顧客との共創を目指したハブ機能の設置
幅広いジャンルで数々のソリューションを提供する国内企業では、CX向上を目的とし、顧客との接点、かつ、共創の場となるカスタマーエクスペリエンスセンターを開設しました。ペルソナはB2B向け事業の顧客です
映像や音響を用いたプレゼンテーションスペース、現場で生まれる課題やその解決プロセスの体験スペース、ディスカッションの場として利用できるスペースなどそれぞれの目的に合わせ、顧客が実際に利用できるようになっています
現場で生まれる課題とその解決プロセスを想定した場では、特にサプライチェーンマネジメントの領域に力を入れており、顧客が課題解決のために具体的なイメージを持てる効果が生まれています。「顧客体験」という点において特に優れた事例です。
事例4. eコマースにおける購入体験の向上
eコマースを通した販売において、購入体験の向上を成功させた企業もあります。この企業は顧客が繰り返し注文する消耗品を、より簡単に購入する方法を模索していました
そこでSAPソリューションを導入し、顧客体験向上に着手します。B2B顧客から期待されていたeコマースのデジタルエクスペリエンスの向上です。この試みは成功し、向上した顧客体験によって消耗品の購入が増加しました
CXにおけるWebの重要性が表れた事例です。先述の通り、インターネット技術の発達はCX戦略に大きな影響を与えています。この企業は顧客がWeb上でいかにストレスを感じずに購入できるかに重点を置きました。カスタマーファーストとシームレスな購入体験に注力した結果、大きな成長につながった成功事例です。
まとめ
インターネット技術の発達や顧客ニーズの多様化により、現代の企業は同業他社や類似サービス・商品との差別化が求められています。そのためにはサービスや商品の機能面、価格面といった従来の価値だけでなく、顧客に感情的な価値を体感してもらうためのCX戦略が必要です
CX向上を目指すためには適切な戦略立案と施策が必要です。ペルソナやカスタマージャーニーマップの設定から始め、課題の把握と施策の実施、改善を繰り返しながら進めていきましょう。