「顧客重視の経営・マーケティング」と聞いてこの言葉に疑問を持つビジネスマンは少ないと思います。年々多様化する顧客のニーズや購買行動に対し、顧客の便益を考え事業を展開していくことは今やごく当たり前の思考です。
それはなぜか?多くの企業が「顧客重視の経営・マーケティング」でなければ存続できないと考えているからです。
この思考は間違っていません。しかし、多くの企業が間違った「顧客重視の経営・マーケティング」を展開してしまっているのが事実です。
そこでここでは顧客重視とは何かを考えつつ、顧客を無視した経営に陥ってしまう原因と今後企業が考えるべき戦略について解説していきます。
ISO品質マネジメント7原則~顧客重視~
そもそも「顧客重視」とは何か?
国際的な標準となる国際規格を策定するための組織ISO(国際標準化機構)。同組織ではISO9000:2005(品質マネジメントシステム-基本及び用語)とISO9004:2009(組織持続的成功のための運営管理-品質マネジメントアプローチ)にて「品質マネジメント7原則」を策定しています。
このうちの第一項目にあるのが「顧客重視」です。
冒頭ではまず「組織は顧客に依存しており,そのために現在及び将来の顧客ニーズを理解し,顧客要求事項を満たし,顧客の期待を超えるように努力することが望ましい。」と説いています。
つまり、組織は顧客ありきで成り立っているため、その顧客のニーズと満足度を満たし顧客の期待を超えるサービス・製品を提供し続けることがベストであると解釈できます。まさしく「顧客重視の経営・マーケティング」の思想そのものですね。
ちなみに顧客要求事項とは以下の6つを示しています。
- 顧客の要求と期待を追求及び理解する
(顧客のニーズを常に意識・理解した上で事業を展開する) - 組織の目的は、顧客の要求と期待に関連するものである
(組織の成長は顧客のニーズに応えた上にあると理解する) - 組織全体に顧客の要求と期待について周知徹底させる
(社全体で顧客のニーズを共有し、顧客重視の姿勢を構築する) - 顧客満足を評価し、それを活用する
(顧客視点で事業を評価し、今後の経営・マーケティングに活かす) - 顧客関係を体系的に管理する
(全社的に共有された適切な顧客管理を行う) - 顧客及びその他の利害関係者(オーナー、従業員、供給者、投資家、地域住民及び社会全体)との間でバランスの取れた取り組みをする
(顧客のみに視点を置くのではなく、組織全体や社員など、その他利害関係者の利益を考慮した経営に取り組む)
顧客のニーズを捉え理解することはもちろん組織全体や社員、その他の利害関係者(ステークホルダー)の利益までも考える、「顧客重視の経営・マーケティング」の理想形とも言えますね。
しかし、これらの顧客要求事項を体現できている企業は非常に少ないでしょう。
顧客重視でなくなる原因
多くの企業が「顧客重視の経営・マーケティング」を目指しつつも、知らず知らずに顧客を無視した経営・マーケティングを展開してしまっています。
その主な原因は2つ、「利害関係者の満足度」と「競合他社への意識」です
利害関係者への満足度
大手ECモールAmazonの創始者であるジェフ・ペゾフ氏は、数多くの明言を残している経営者としても有名です。氏が手掛ける事業では常に顧客ニーズが最優先され、「顧客重視」を体現している経営者の一人でもあります。
いくつかの名言の中に「上司を喜ばせるのではない、顧客を喜ばせるのだ」という言葉がありますが、これにグサッとくる方も多いのではないでしょうか。
人は何か“事“が起きたとき、目の前の利害関係者の利益を優先しがちになります。そして組織において最も身近な利害関係者とは「顧客」ではなくそれぞれの「上司」ですね。つまり、多くのビジネスマンが顧客ではなく直属の上司や役員・経営者を意識して仕事をしてしまっているため、「顧客重視の経営・マーケティング」が展開できなくなっているのです。
しかし、自身の評価を獲得するために最も身近な利害関係者である上司を意識するのは当然であり、難しい問題と言えます。
こうした問題は組織自体が現状に気付き、適切な評価制度を導入する他方法はありません。「上司を喜ばせた者」ではなく「顧客を喜ばせた者」を評価できる環境が必要です。
競合他社への意識
もう一つ、ジェフ・ペゾフ氏の名言の中に「競合ではなく、顧客に執着する」という言葉があります。「競合よりも良い製品を」という意識に囚われ、結果的に顧客のニーズを理解できず市場争いに破れていった企業は数多く存在します。また、経営戦略を考える上で競合の動向をチェックするのはしごく当然のことですが、中心として捉えるべきはあくまで顧客であって競合ではないということです。
競合の動向は気になるところですが、そういった考えはいったん捨てて顧客中心の経営・マーケティングに注力することが大切だと説いています。
こうした“顧客重視でなくなる原因”というのは、案外内部の人間は気付きづらいもので、気付いたときには手遅れとなっているケースも珍しくありません。
今一度「自社は本当の顧客重視の経営・マーケティングを展開できているか?」を考えてみることが重要です。
顕在顧客と潜在顧客
顧客重視を考えるのであれば、顕在顧客と潜在顧客の違いにもしっかりと目を向けなければなりません。顕在顧客とはすなわち既に取引のある顧客や見込み客のことであり、潜在顧客とは今後取引の可能性のある顧客(未来の顧客)のことです。
「顧客重視の経営・マーケティング」を展開できていない多くの企業では、顕在顧客へ意識を向け過ぎているという傾向があります。短期的に利益を生み出す顕在顧客のニーズを重視することは重要ですが、長期的に企業を成長させるためには潜在顧客を無視することはできません。
大手旅行代理店に優位性があった1980年代の旅行業界において、新規参入企業であるHISが成長を遂げたのは「個人旅行のニーズ拡大」という市場を捉え事業展開を行ったからです。つまり当時の市場の顕在顧客である団体旅行者のみでなく、潜在顧客を意識した経営・マーケティングが現在の成功につながっていると言えます。
このように、真の「顧客重視の経営・マーケティング」を展開するためには顕在顧客だけでなく潜在顧客にまで視野を広げる必要があるのです。
購買プロセスの顧客満足度向上
「顧客重視の経営・マーケティング」を考える上で、全ての企業が実施しているのが“顧客満足度の向上”だと思います。
「顧客視点を意識したより良いサービスを提供し、より良い製品を開発する。そしてお客様の満足頂く。」
非常ににシンプルかつ明確な目標ですが、実はもう一つ忘れてはいけないことがあります。それは、“顧客の購買プロセスにおける顧客満足度向上”です。
より良いサービス・製品を提供するというのは購入時点での顧客満足度であって、購買プロセスにおける満足度を意識していません。企業側が一方的に情報発信する従来のマスマーケティングであれば問題はありませんが、現在顧客の購買プロセスは非常に複雑化しています。
顧客は認知したサービス・製品に関する情報をネット上で収集し比較・検討を行い、ECショップまたは実店舗での購入を選択します。また、オンライン・オフライン問わず店舗数が増加しているので、その選択に頭を悩ませることも。こうした複雑化した購買プロセスは選択肢の幅を広げている半面、顧客のストレスを生んでいる原因でもあります。結果、購入時点での顧客満足度にも影響していくのです。
つまり企業は顧客視点でサービス提供や製品開発だけでなく、サービス利用や製品購入に至るまでのプロセスにおいて「顧客のストレスを軽減する」という目標も掲げなければなりません。こうした購買プロセスに対応した施策は既に展開されており、それがオムニチャネルやOne to Oneマーケティングといった施策ですね。
「顧客重視の経営・マーケティング」を実現させたいのであれば企業は顧客の購買プロセスをしっかりと理解し、サービスの利用や製品の購入まで顧客にとってストレスのない動線引きも重要になることを忘れてはいけません。
「顧客重視」を経営・マーケティングの“掛け声”で終わらせない
多くの企業では「顧客重視」という言葉が経営・マーケティング上においてただの“掛け声”となってしまっています。「顧客の視点に立って顧客のために」と口では言いつつも、実際のところ自分のためであったり顧客を意識できていない経営・マーケティングを展開してしまっているのです。
そしてここまでのことを統合すると「顧客重視の経営・マーケティング」に必要なのは、顧客重視を実現するための社内体制と競合を無視するほど徹底した顧客視線。潜在顧客の意識、そして購買プロセスにおける顧客満足度の向上です。
このうち顧客重視を実現する社内体制はまず組織の現状を把握して課題を洗い出し、経営陣でじっくりと議論した上で新しい社内体制を構築していく必要があります。
残りの徹底した顧客視線、潜在顧客の意識、購買プロセスにおける顧客満足度向上はマーケティングオートメーションなどのシステム導入で解決できる課題です。統合的なマーケティングシステムを導入することで顧客の分析からニーズを捉えたマーケティングまでを実現でき、「顧客重視の経営・マーケティング」を体現化します。ジェフ・ペゾフ氏が創始者であるAmazonに関してもマーケティングオートメーションを活用し、事業を展開しています。
もちろん、システム導入だけでなく「顧客重視の経営・マーケティング」を深く理解した上での事業展開が何よりも重要です。
「顧客重視の経営・マーケティング」をただの“掛け声”で終わらせぬよう。そして、長期的な企業成長を実現できるよう今一度自社の「顧客重視」について考えてみてください。