小売業界でよく耳にするようになったRaaS(Retail as a Service)をご存知でしょうか。RaaSは、小売事業者が蓄積する顧客データや販売ノウハウに、テクノロジーを掛け合わせ、支援サービスを開発・提供することを指します。この記事では、RaaSについての基本的知識やその動向を解説します。
小売のサービス化「RaaS」とは?
RaaSは、「Retail as a Service」の略で、「小売のサービス化」や「サービスとしての小売」と訳されます。もともと小売を手掛けていた事業者が、自社で蓄積した顧客データや販売ノウハウに、テクノロジー企業の持つ技術を掛け合わせてサービス化すること、あるいはサービスそのものを意味します。
近年、小売業界ではスマートフォンの普及に伴い、デジタル化が急速に進みました。その最たるものが、ECの台頭でしょう。さらに、消費者のライフスタイルは多様化し、商品の購入手段は店舗やEC、定期購入、個人間取引といったものから購入時の利便性に応じて選択されるようになりました。そのように細分化されたニーズへの対応手段としても、デジタル化は一役買ってきたのです。
小売における従来のデジタルシフトは、ベンダーが小売事業者に対し、ソリューションやクラウド環境を提供するものでした。一方で昨今のRaaSの特徴は、これまでデジタルシフトを発展させてきた小売事業者とソリューリョンベンダーの両者が協業する点にあります。それぞれの資産を活用して新しいサービスを開発・提供するため、より精度の高いサービスが期待できます。
クラウドサービスプラットフォーム「AWS」を提供するアマゾンは、グループ内で「小売のサービス化」を実現している良い例でしょう。ECモールで獲得する膨大な顧客データに、自社のテクノロジーを掛け合わせてサービス展開をしているからです。隆盛の兆しを見せるRaaSは、こうした巨大IT企業に小売事業者とソリューションベンダーが協働しながら対峙する動きと見ることもできます。
RaaSを積極的に取り組む小売企業
RaaS領域での取り組みは、米国において先行されています。その中でも、特に積極的な小売企業のひとつがKrogerです。アメリカの35州に約2,800のスーパーマーケットを展開する米国企業で、2019年にマイクロソフト社をパートナーとしたRaaS戦略を打ち出しました。
そして現在、EDGEと呼ばれるスマートシェルフをサービスとして展開しています。
EDGEは、Krogerが蓄積してきた顧客情報や売場にまつわる知見を元にし、マイクロソフト社の人工知能(AI)技術が生成するアルゴリズムを活用した支援サービスです。デジタルサイネージ(電子看板)を備えた商品棚は、Bluetooth、Wi-Fi、ZigBee(無線規格の一種)も実装しています。
サイネージには、不足製品や補充予定日についてのメッセージを表示したり、ビデオを流して製品情報を発信したりすることが可能です。そうしたコンテンツは、カメラで計測する顧客の属性や行動に応じて変更することができます。
表示価格を瞬時に変更するといったプロモーションも行えるほか、どの製品がどの棚に所属しているかを視覚的に示すことで、補充作業の効率化にも貢献します。もちろん、陳列商品やサイネージに写すメッセージなどは、クラウド上で一元管理することができます。効果的な販促の実現に加え、業務効率化まで支援するのが、RaaS領域に参入するKrogerとマイクロソフト社の狙いです。
今後は、センサーやアプリを活用し、パーソナライズされたクーポンの配信を可能とする機能を拡充する計画です。また、無人支払いへの対応や、発注管理にPOS・在庫データを活用する機能の開発計画も発表されています。
Krogerは、データマーケティングに特化した組織を有しており、自社のデータとメディアを活用した販売促進サービスも提供しています。具体的には、ターゲットを絞ったデジタルクーポンをKrogerのECサイトに表示したり、インフルエンサーの活用を支援したりしています。こうしたメディアを活用したRaaSの展開も今後は加速していくでしょう。
「体験型小売店」でRaaSの市場拡大を目指す
日本国内においても、RaaS領域での取り組みはすでに始まっています。2020年に入りその動きを見せたのが、「印刷テクノロジー」をベースとしたさまざまな事業を展開する凸版印刷です。
凸版印刷は1月30日、米国企業のb8ta(ベータ)への出資を通じて、新たに設立されたベータ・ジャパンとRaaS領域で協業すると発表しました。
2015年に創業したb8taは、米シリコンバレーで人気となっているテクノロジーショップです。店内を区画ごとに様々な企業に定額提供するRaaSのモデルで注目を集め、2020年1月現在、米国内で24店舗、ドバイに1店舗を構えています。
区画を借りた企業は商品を展示するだけでなく、製品のPR映像を流すためのディスプレイを利用することが可能です。コンテンツはオンラインでいつでも変更できるので、好きな時にPRしたい商品を提案することができます。
またb8taの店内にはカメラが設置してあり、来店者の行動を分析します。利用企業は、そうした行動データもオンライン上で確認でき、マーケティングに活用することができるのです。今ではb8taが提供する区画に出店実績があるブランドは、1,000ブランドを超えています。
ベータ・ジャパンは2020年の夏に、新宿マルイの本館、有楽町電気ビルへの出店を皮切りに、日本への参入がすでに決まっています。凸版印刷には、自社のマーケティングノウハウや店頭ソリューションなどを連携しながら協業し、RaaSを新事業に育成したい考えがあります。
そしてその背景にあるのが、D2Cビジネスモデルの拡大です。D2Cとは、「Direct to Consumer」の略称で、もともとは、ECを中心に発展してきたモデルでした。商品の生産から販売を自社で完結させ、顧客に直接届けるという意味合いで使われてきた言葉です。また、ECによる直販で顧客とつながり、活発なコミュニケーションを取りながら獲得した顧客データを購買体験の向上などに役立てるのも、D2Cの特徴です。RaaSと同様に米国で発展してきた販売戦略で、主に新興企業が市場を開拓する際に採用されてきました。
ECに端を発したD2Cは、リアルな店舗へも展開をつづけているのです。製品の体験を通じたブランドの世界観の提示や、消費者の行動データを収集する場として店舗を活用する動きが加速しています。
米国で起こった潮流の影響を受け、日本国内においてもD2Cを採用するブランドは増加しています。米国との違いは、中小企業だけでなく大手企業もD2Cにいち早く目をむけてきた点にあります。その領域は、アパレルや化粧品、食品など多岐にわたります。
凸版印刷が発表した協業は、日本におけるD2Cの勃興と、それに伴う店舗活用のニーズの増加を見込んだものでしょう。
凸版印刷はこれまで、購買データの分析を元に、店舗におけるマーケティング支援サービスを展開してきました。今後は、そうした支援実績をb8taの店舗に生かすほか、日本市場における出店者の開拓を支援する方針です。凸版印刷は2020年1月13日のプレスリリースの中で「両社のシナジーを発揮し、RaaSの日本市場拡大と新事業の創出を推進。多様化する消費者のニーズに対応した次世代小売り店舗の実現を目指します」と説明しています。
まとめ
米国におけるビジネスのトレンドが、遅れて日本に到来するというのはままあることです。凸版印刷といった大手企業の動向は、市場をリードしていくと考えられます。今後の小売業界において、RaaSが持つ影響力は益々高まっていくでしょう。