IoTの分野では、「コネクテッド(connected)」は"インターネットに接続された"という意味を持ちます。求められる顧客体験が変化する中、企業と顧客との関係において「コネクテッドコマース」という概念が注目されています。「コネクテッドコマース」とは、どのような意味なのでしょうか。海外での事例も紹介しながら説明します。
コネクテッドコマースについて
今日、世界人口の53%にあたる約40億人がインターネットを利用しています。インターネットを利用する人の92.6%がモバイル端末を使い、85%の人が平均で毎日6時間半をオンラインで過ごします。
その一方で、監査・税務などの国際ネットワークである「KPMG International」が、過去12ヶ月の間でどれくらいの人がeコマースサイトなどからオンラインで購入したのかを調査した結果によると、53%の人が書籍や音楽を、40%が衣料品を、33%の人が食料品をオンライン購入したと回答しています。
すなわち、約半数がオンライン購入している一方、他の半数は実店舗での購入のみにとどまっていることを意味します。各企業は、オンライン・オフラインにかかわらず、顧客体験を向上させなくては、顧客満足度を高めることが難しくなっています。このような現状の中、オンライン・オフラインを問わず、個別最適化された購買体験を提供するという概念「コネクテッドコマース」が注目されるようになりました。
なぜコネクテッドコマースが重要視されるのか
オンライン・オフラインを問わずに顧客一人ひとりに最適な購買体験を提供する「コネクテッドコマース」を実現するために、重視されているのが決済です。
従来、決済というと実店舗で購入するときには「現金を用意し、レジに並んで支払いを済ませる」、eコマースで購入するときには「クレジットカード番号を登録し、決済ボタンを押す」などの手順でした。実店舗に行く前に現金を用意する手間や、オンライン店舗でも対応しているクレジットカード会社のカードを持っていないと購入できない不便さなど、決済に伴う手間が生じていました。
顧客満足を向上することは、障害・不便・手間を排除し、より良い顧客体験を提供することにほかなりません。 今日、デジタルウォレット・無線自動識別(RFID)リストバンド・電子マネーなどの新しい技術やスマートフォンを活用して、決済は迅速かつ簡単・便利にできるようになりました。これまで、提供するサービスと決済は別物で、各企業はサービスの改善のみで顧客満足度を高めようとしていましたが、現在は、決済もサービスの一部とした顧客体験の再構築が進んでいます。
Amazon Payによるコネクテッドコマースの取り組み
ECサイト大手「Amazon」では、Amazon以外のサイトや店舗でもAmazonのアカウントを利用して決済できるサービス、「Amazon Pay」の提供を開始しました。ここでは「Amazon Pay」を中心とした、Amazonのコネクテッドコマースへの取り組みを紹介します。
実店舗とオンラインの提携
巨大ECサイトで有名なAmazonですが、今やECサイトのみにとどまる企業ではありません。米国のAmazonでは、実店舗「Amazon Books」を展開し、オンラインとオフラインの店舗を融合しています。
「Amazon Books」の本棚にはバーコードが掲示されています。顧客は、本棚から実際の書籍を手に取りながら選び、スマホアプリでバーコードを読み取ります。読み取ったバーコードをレジで見せるだけでAmazonアカウントを利用して書籍が購入できます。このように、「Amazon Books」は、実物を手に取って読めるという実店舗の良さと、オンライン決済の便利さを融合した店舗です。
会員登録者数の増加
「Amazon Pay」をAmazon以外のサイトや店舗で活用するメリットは多数あります。購入者の立場では、「Amazon Pay」によりはじめて利用するECサイトで決済情報を新規登録する必要がなく、馴染みのあるAmazonのアカウントで決済できるメリットがあります。
一方、店舗を展開する企業側が「Amazon Pay」を導入するメリットのひとつには、新規顧客の獲得があります。Amazon以外のECサイトで「Amazon Pay」を使った場合、注文確認画面にそのECサイトへの会員登録とメールマガジン購読の要不要を問うチェックボックスが表示されます。 クレジットカード情報などはAmazonが保存しているものの、各店舗は自社の会員に登録してくれた顧客にメールマガジンなどを通したアプローチができます。
顧客にとって会員登録は面倒であり、各店舗独自では会員登録を促すことが難しいのが現状でしたが「Amazon Pay」を使って決済と会員登録を一括で行うことで、会員登録のハードルを下げるメリットがあります。
CVRの改善
「Amazon Pay」は、ECサイトへのアクセスのうち実購入に至った人の割合「CVR(コンバージョンレート)」の改善にも寄与しています。これまで一度も利用したことがないECサイトで商品を購入しようとすると、氏名からクレジットカード情報まで細かい情報を入力し、新規登録をする必要があります。「Amazon Pay」を使うと、これらの入力の手間が省けるため、商品をカートに入れたものの、購入しないままサイトから離脱してしまう「カゴ落ち」の防止が期待できます。
スターバックスでの取り組み
コネクテッドコマースへの取り組みは、飲食業界でも広がっています。
グローバルに展開するコーヒーのチェーン店「スターバックス」では、米国にて、IoTを活用し機器の稼働状況を把握する取り組みを行っています。
店内のエスプレッソマシンなどの機器をIoTデバイスと接続し、機器の稼働状況をモニタリングする仕組みです。集約した各機器からの稼働データは、機器のメンテナンスなどに活用されます。例えば、継続的なモニタリングにより不具合の予兆が感知できるため、実際の故障が発生する前に機器をメンテナンスできます。
これにより故障してからメンテナンスをしていた従来の方法に比べて、メンテナンスに時間を割くことがなくなり、顧客対応により多くの時間を充てられるようになりました。将来的には、スターバックスは、機器からの収集データをPOSデータや会員情報とも連携して、顧客ごとに最適な商品を提案するなど、さらなる顧客体験の改良を目指しています。
HP(ヒューレット・パッカード)での取り組み
コンピュータや電子計測機器の大手メーカー「HP(ヒューレット・パッカード)」でも、新しい技術を活用して顧客体験を向上する取り組みを行っています。
HPが導入したマイクロソフトのAI機能「Microsoft Azure Cognitive Service」
HPのコールセンターで受け付ける問い合わせ件数は、年間600万件にものぼります。従来は、これらの問い合わせに対しオペレーターが人力で、総ページ数で5万ページもある取扱説明書を検索し、回答していました。これでは非常に手間がかかる上、オペレーターのトレーニングコストも膨らむ一方だったといいます。
そこでHPが導入したのが、マイクロソフトのAI機能「Microsoft Azure Cognitive Service」を活用したチャットボットです。AIに学習させて精度を向上し、現在では年間600万件の問い合わせのうち、7割から8割をチャットボットから回答しています。
まとめ
パーソナライズされた購買体験を提供するという概念「コネクテッドコマース」が注目を集め、海外では次々と概念を具現化したサービスが登場しています。一方、顧客満足度の基準も時間を経て変化していくため、コネクテッドコマースの考え方も常に変わりゆくものです。各企業においても自社の事業や方向性を踏まえながら、より良い顧客体験とは何かを考え直す時期に差し掛かっているようです。