私たちの身の回りには、10年前までは想像できなかったような新しいサービスや商品が次々と登場しています。例えば、スマホアプリを通じて食べたいメニューを注文すると配達員が会社や家へ届けてくれるデリバリーサービスは、つい最近登場した新しいサービスです。
こうしたイノベーションの根底にあるのは「DX推進」という考え方です。本記事ではDX推進が持つ意味とその内容を、実例を踏まえながら解説していきます。
DX推進とは?
多くの方はネットのニュースや記事などで、DXという言葉をよく見聞きしたことがあるかもしれません。DXは、誤った意味で使用されるケースも時々あります。ここでは、DXの意味とその目的について見ていくことにしましょう。
DXとは何か
DXとはDigital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)の頭文字から取った言葉で、2004年にスウェーデンの大学教授によって提唱された概念です。
DXは日本語に訳すと「デジタル変革」となりますが、DXが意味するものは「デジタル技術の活用を通じてこれまでにない新しい価値を創造し、市場において競合他社よりも優位に立つ」ということを意味します。すなわち、「アナログからデジタルへの置き換えによって業務の効率化を図る」ということではなく、「デジタル技術によって革新的な価値を創造していく」という考えがDXの根底にあるのです。DXはビジネス的な上位概念に位置する考え方であるといってよいでしょう。
DXの定義について、詳しくは下記の記事でも解説していますのでぜひご覧ください。
DXの定義とは?重要視される5つの理由や進め方・成功事例を紹介
DX推進の目的
DXを推進する目的は主に2つあります。
1つ目は、先ほど触れた「市場において競合他社よりも優位に立つ」ということです。モノがあふれている現代では、欲しいモノはすぐに手に入る一方で、同じようなモノを売ることで競合他社よりも優位に立つことは困難です。そこで、新たな付加価値を創造することによって他社に対して差別化を図っていく必要があります。
2つ目は、既存システムからの脱却です。古い既存システムを使い続けると、時代のニーズやスピードに追いついていくことができず、やがてそれは形骸化します。その結果、経営における非効率化や業務プロセスの属人化を招くでしょう。DXを推進することによって情報やプロセスの透明化を図り、健全な経営を実現できるのです。
経産省によるDXの目指す方向性
昨今、マイナンバーカードや健康保険証のデジタル化など、政府もDXを通じた行政改革を推進しています。改革の中心となっているのが経済産業省(以下、経産省)です。経産省が提唱しているDXの目的と、その意義について解説します。
経産省が提唱するDXの目的
経産省がDXレポートを公開して以降、経産省は公的機関の立場としてDXを推進しています。その一例が、2020年11月に発表された「デジタルガバナンス・コード」です。
デジタルガバナンス・コードは、企業の経営者に向けて、DXに基づいた企業のあるべき姿について定義したものです。それによると、「企業はデジタル技術と経営を一体的に捉え市場における変化を踏まえた上で、新たなビジネスモデルの設計を通じて価値の創造を行う」ということがビジョンとして掲げられています。
経産省はここで、DXを単なるデジタル技術の導入ではなく、価値を創造するビジネスモデルを新たに作ることが目的であると提唱しました。経産省自体も2021年にデジタル庁を開設し、官公庁のDXを推進しています。
政策としてのDX推進の意義
経産省はデジタルガバナンス・コードの中で、海外のグローバル企業によるDXを通じた新しいビジネスモデルによって、日本企業は市場の機会を失う「デジタル・ディスラプション」が発生していることに触れています。また海外と比較すると、日本企業は既存の古いシステムを利用し続けていることでDXの導入に遅れをとっており、DXへの理解がまだ浸透していないことについても言及しています。
経産省は「DX認定制度」を設け、一定の水準をクリアした企業をDX推進企業として認定。公的Webサイトなどを通じて、DXを推進する優良企業として対外的に情報発信する機会を作っています。これにより企業側は、会社イメージの向上やブランド認知の促進を期待できます。
職種別に見るDX推進の目的
DXについてもう少しイメージするため、ここでは職種別に見たDXの目的やその取り組みの例について解説します。
人事部・経理部の目的
人事部は、採用管理、従業員管理、コンプライアンス管理など、会社の組織をサポートする部署です。採用管理1つでも、応募者の選定から採用時の書類管理に至るまで、数多くの業務プロセスが存在します。紙やメールベースで業務プロセスを1つずつ進めるやり方は非効率で、進捗管理を困難にします。人事部におけるDXは、こうした業務プロセスをクラウドツールなどの活用を通じて効率化し、進捗管理を簡潔なものとします。
経理部は、会社における日々のお金の流れや商取引を管理する重要な部署です。誤差が許されない緻密な作業が伴い、正確な会計処理が要求されます。経理部におけるDXは、会計業務における正確なデータ管理を行うことが主な目的です。
営業部・マーケティング部の目的
営業部やマーケティング部における重要な業務の1つは、クライアントとのコンタクトを通じて契約を獲得し、提供するサービスとクライアントとの長期的な良好関係を維持することです。このような業務では、クライアントが増えるほど進捗管理が難しくなり、クライアントの状況に合わせた適格なアプローチがしづらくなります。
CRMのような顧客管理ツールを導入することで顧客管理の効率化を図り、適切なアプローチの仕方でクライアントとの関係を構築できるようにします。
BtoC業界におけるマーケティング部は、特に一般ユーザーとのコミュニケーション強化が課題です。MAツールやチャットボットなどのツールを導入することで、顧客とより綿密にコミュニケーションできるようになるでしょう。
商品開発部の目的
新たな商品を企画し、サービスやモノを作り上げるのが商品開発部のミッションです。商品を開発する際はリサーチによる調査以外にユーザーからの意見やフィードバックを企画提案時に参考とすることがあります。そのため商品企画部は、マーケティング部やカスタマーサポート部との連携を通じてそのような定性的データを収集し、参考にするケースがあります。
その他に、売上に関するデータも、販売した商品がどれくらいのインパクトを持ったのかを確認するための重要な定量データです。このようにデータを効率的に収集し、商品開発に役立てるようにするのが、商品開発部におけるDXの目的です。
組織全体で見るDXの目的
DXの推進は企業によってそれぞれ目的が異なり、さまざまです。ここでは、その中でも特に注目したいDXの目的を3つピックアップします。
業務効率化
クラウド型管理ツールなどのデジタルツールを導入すると、業務プロセスが可視化され、誰が今何をやっていてどのような進捗状況であるかが明白になります。ワークフローの中で自分が担当者としてアサインされると、自動的に通知が来るような仕組みもあります。このようにDXは、組織全体としての業務効率化を図り、工数を削減し、より付加価値を生み出す業務に集中できるようになります。
クラウド型管理ツールのようなデジタルサービスを活用すると、データを一元管理できるようになるため、「特定の担当者のみが情報を知っている」というような情報の属人化を防ぎ、会社の資産として情報を管理できます。担当者が突然退社し、必要な情報が分からなくなってしまうといったリスクを軽減できるでしょう。
働き方の改革
コロナ禍を通じて私たちの働き方は大きく変わりました。これまで会社に通勤して業務を行うことが当たり前でしたが、コロナ禍を契機に、自宅や会社以外の場所からリモートで業務を行う機会が増えています。
クライアントとの打ち合わせは、相手先のオフィスへ赴くのではなく、オンライン会議で実施することも当たり前となりました。新しい働き方の導入によって、労働における生産性の向上やオンとオフの切り替えがしやすくなったともいえます。
このように、DXは私たちに働き方の多様性をもたらしてくれます。前述の業務効率化と関連して、効率が悪い業務プロセスをデジタル化することで労働時間の短縮や不必要な工数を削減できるのも、DXがもたらす働き方の改革です。
新しいビジネスモデル
DX推進は、既存のビジネスモデルからは想像できない高い付加価値を持った新しいビジネスモデルの構築に貢献します。
例えば、インターネット環境が整備され、スマートフォンが普及した現在では、スマ―トフォンアプリを通じたサービスが数多く展開されています。タクシーを手配する配車アプリ、注文した食事を家に届けてくれるデリバリーサービス、モバイルアプリゲーム、モバイルコマースなどがその例です。
こうしたデジタルサービスにおける顧客行動は、デジタルデータとして蓄積され、これまで実現できなかったより深い顧客理解へとつなげることができます。昨今では、AI(人工知能)によるカスタマーサポートの自動化やボイスチャット、自動車の自動運転など、新しいサービスも登場しています。
業種別に見るDXの目的と事例
ここでは、業種別に見るDXの取り組みを、実際の事例を元に見ていきましょう。各業界においてDXが推し進められており、売上の拡大や業務時間の削減という形で成果が出ています。
小売業でのDX目的
小売業界ではDX推進が著しい業界です。特にコロナ禍を通じて、リアル店舗における販売から、ECサイトやモバイルアプリを活用したオンラインチャネルに売上のチャンスを見いだしている企業が増えています。
目的
小売業におけるDX推進の目的の1つとして、市場における競合他社に対しての優位性があります。それは顧客のニーズに合わせて適切にアプローチし、顧客の数を増やしていくことです。
モノがあふれている現代では、競合他社に対して差別化を図り、マーケットシェアを拡大させることは容易ではありません。マーケットシェアを拡大させるには、より顧客の声に耳を傾けてそのニーズに応えていくアプローチが必要となってきます。
また、デジタルツールを活用し、定性的なデータだけではなく定量データに基づいて顧客理解を深めることも重要です。ビッグデータと呼ばれる定量データを収集して分析を重ね、MAツールを通じて顧客ごとにコミュニケーションを深めていく方法が有効でしょう。
有限会社小西タイヤの事例
有限会社小西タイヤは、秋田県を拠点にタイヤやホイールを販売する会社です。同社は作業中心の業務から、より付加価値の高い業務へシフトするためDXを推進しています。
基幹システムやモバイル端末の導入、RPAによる業務の自動化を通じて業務時間を削減し、顧客のニーズに合わせた販売方法を考えた結果、ECサイトの売上向上やピッキング作業の時間短縮を実現できました。
同社がDXを推進した際のポイントは、システム開発を進める前に、事業部門とシステム部門が「何をしたいのか」について徹底的に議論し、事業部門がオーナーシップを持って進めた点にあると言及しています。
建設業でのDX目的
建設業はDXの導入が遅れている業界といわれており、少子高齢化によって人手不足が問題となっています。これらの問題を解消するため、DXの導入が急務の課題です。
目的
建設業におけるDX推進の目的の1つとして、業務の効率化が挙げられます。例えば、建設現場における工事の工程管理は、建設の規模が大きくなるほど現場と管理本部との密な情報共有や正確な情報共有が必要となります。しかし電話やメールを活用した旧態依然とした進め方では、現場の状況把握に時間がかかり、工程管理において余分な工数が必要です。
DXが浸透している建設現場ではタブレット端末を現場に導入しています。現場監督管理者がほぼリアルタイムで端末を通じて工程を記録し、クラウドを通じてデータが共有されるため、現場の状況を素早く確認できるようになります。
有限会社ゼムケンサービスの事例
有限会社ゼムケンサービスは、北九州市に本拠を構える中小建設企業です。同社はSNSプラットフォームにおける社員間コミュニケーション、クラウドを通じたデータ共有、社員へのモバイル端末の支給、社員全員で取り組んだテレワークなどを通じて業務の効率化を図りました。
その結果、従業員数は変わらずに売上を4倍にし、建設業界における1人当たりの平均売上を超える実績を達成しました。
まずは無料で利用できるデジタルツールを導入して社員全員のITリテラシーを高めることに注力しました。さらに、会社全体が一丸となってDXを推進できるように、代表取締役を筆頭に月1回の全社会議でDXについてのビジョンを共有するなどを行っています。
DX推進を成功させる3つのポイント
せっかくお金と時間をかけてDX推進をしたものの、失敗してしまう例もあります。DX推進を成功させるにはどのようにすればいいのでしょうか。ここではその大事なポイントを3つピックアップします。
DX推進の目的を明確にする
デジタル技術の発展に伴い、DXを実現するための手段は日々進歩しており、その導入事例も増えています。しかし、DXを推進すること自体が目的になってしまうと、当初想定していたものとは異なる結果となってしまうケースがあります。
肝心なのは、DX推進は目的ではなく手段として捉えることです。したがって、DX推進について考える前提として、自社にとって現在何が問題となっていて、それを解決するための課題が何であるかを明確にすることが重要です。
例えば、リアル店舗の売上が減少し、かつ客数が減っているのであれば、顧客の声に耳を傾けることから始めるのもよいでしょう。
全社一丸となって取り組む
DXの導入は一朝一夕でできるものではなく、長期的に時間とコストがかかる大規模なプロジェクトとなる傾向があります。DXを導入した後のオペレーションを、関係する全ての部署が行うということもあるでしょう。
新しいシステムやツールの導入には社内研修が必要となり、社員ひとり一人が自分ごととして捉え、能動的に学んでいくことが求められます。DXが社内で浸透し、新たな価値を創造していくには、経営者の立場からトップダウンでそのビジョンや目的を全社員に共有していく、強い推進力が必要です。
人材の育成
DXはデジタル技術と深い関連性があるため、各社員に一定のITリテラシーが求められます。例えば、DX推進の一環として新しい管理ツールが導入される場合、利用する社員がツールを使いこなせるようになるよう、オリエンテーションを実施することもあるでしょう。
導入したツールが適切に使用され、その価値を発揮するために、各従業員のスキルアップをサポートする体制を、会社側が積極的に提供することが重要です。
まとめ
これまで見てきたように、DX推進は会社における日々の業務や日常生活にすでに組み込まれ、慣れ親しんでいるものでもあることに読者は気づいたかもしれません。私たちはDXと無関係に過ごすことは決してなく、DXが当たり前のものになった時代にいるともいえます。
会社業務の中でDX推進によって効率化できる部分がないか、考えるきっかけになったら幸いです。