製造業

デジタルツインとは?オーダーメイド医療の新たな希望

デジタルツイン」とは、ある特定の対象をデジタル上で正確に再現した仮想モデルのことです。デジタルツインはとりわけ製造業などの分野で活用が期待されていますが、近年は医療分野で応用する動きも広がってきています。本記事ではデジタルツインの概要を紹介すると共に、この技術がどのように医療に役立つのかを解説していきます。

デジタルツインとは?オーダーメイド医療の新たな希望

Factory of the Future

デジタルツインとは?

デジタルツイン(digital twin)とは、物理的な対象物・対象空間を正確に反映させた仮想モデルのことです。「ツイン」とは日本語で「双子」を意味し、デジタル上に現実と瓜二つのモデルを作ることからデジタルツインと名付けられました。

デジタルツインにおいてはIoTセンサーなどで現実空間の様々な情報(ビッグデータ)がリアルタイムに収集され、サイバー空間において正確に対象物をコピーした仮想モデルを構成します。こうした仮想モデルをAIによる分析にかけることで、現実の事物のモニタリングや将来予測などに活用できます。

デジタルツインが活用されている代表的な業界としては製造業が挙げられます。例えば新製品の試作時、デジタルツインで現実の物理空間を反映した仮想的な実験環境を用意すれば、実際に実験環境を用意したり実機を損耗したりすることなく様々なシチュエーションでシミュレーションができます。また、製造ラインをデジタルツインでリアルタイムにモニタリングすれば、機械設備の故障などがあった際も素早くデジタル上で原因を特定・対処できるでしょう。

さらに、デジタルツインは医療業界にも変革をもたらしています。例えば病院のCTやレントゲンなどの検査機器などを通して取得される生物学的、生理学的な医療データに加え、スマートウォッチなどのウェアラブル端末を活用して患者の日常的な生体センシングデータを日常的に収集すれば、これまでとはまったく次元の異なる質・量の患者情報が蓄積できます。こうした医療ビッグデータを活用し、「バイオデジタルツイン(BDT)」を構成すれば、患者の日常的な健康管理や生活習慣病の予防、病気の早期発見など、患者のさまざまなヘルスケアのパーソナライズに役立てることが可能です。

バイオデジタルツインを構成する技術

バイオデジタルツインを構成する技術としては以下のものが挙げられます。

  • センシング技術
  • IoT
  • AI
  • シミュレーションソフトウェア

デジタルツインは、単一的な固有技術というよりも上記の技術を組み合わせることによって実現する集合的な技術です。つまり、様々なセンサー機器にIoT技術を搭載することで、仮想モデルの元になる現実世界の膨大なデータが取得・蓄積されます。そして、これらのビッグデータを仮想モデルとして構成し、分析する役目を担うのが人工知能(AI)やシミュレーションソフトウェアの役割です。

地域医療の現状とは

バイオデジタルツインが現在注目を集めている背景には、様々な課題を抱えた地域医療の現状があります。例えば、専門医の不足や偏在などによる地域の医療格差の問題は日本が長年抱えている課題です。また、長引くコロナ禍において、多くの病院は感染の拡大を防ぐため、患者を従来のように受け入れることが難しくなりました。さらに、超高齢化社会が到来する中、健康寿命を延伸するための予防医療など、高齢者医療の重要性はますます高まっています。

こうした課題が散在する中、バイオデジタルツインは遠隔診療への応用など、地域医療に新たな展望を与えるものとして期待されています。とはいえ、様々な技術的課題の先に実現するバイオデジタルツインは、地域のいちクリニックが独自に利用できるようなものではありません。それゆえ、バイオデジタルツインを活用するには、各地方におけるハブ病院を中心とした地域横断型の医療ネットワークの構築が急務となります。

バイオデジタルツインが注目を集める理由

上記のような地域医療の現状に対して、バイオデジタルツインはどのように問題解決に寄与するのでしょうか。

まず大きなポイントになるのが、医療におけるリアルタイムデータの重要性です。患者の状態は日々変化していくものですが、各種の検査機器やウェアラブルデバイスなどのIoTセンサーで取得されたリアルタイムデータは、個々の患者の現在の状態を正確に反映し、病気の発見や医師の治療方針策定の一助となります。その際にはオンタイムシミュレーションによる病気や治療・薬効の経過予測なども助けとなるでしょう。

また、遠隔診療においてもバイオデジタルツインの効果は期待できます。コロナ禍のような感染症対策として、あるいは医療体制が不十分な過疎地域の地域医療対策として、オンラインを利用した遠隔診療の有用性は大きなものがあります。今後、バイオデジタルツインがますます発展・普及していけば、医師はサイバー上で患者の状態を確認することが可能になり、医療の地域格差の是正にもつながっていくことが期待できます。

バイオデジタルツインが実現できること

バイオデジタルツインによって実現できることとしては、主に「高難度手術への応用」「病巣の早期発見・予防医療」「医師の診断補助」などが挙げられます。たとえば患者の心臓など臓器の一部をバイオデジタルツインで再現できれば、手術や治療のシミュレーションができます。また、患者の日常的な生体データを基に、生活習慣病などの予防医療なども期待できるでしょう。また、AIは人間の目では見過ごしてしまいそうなごく小さな異変を発見するにも有用なので、画像診断による病気の早期発見にも活用が期待できます。ただし、バイオデジタルツインはあくまで医師の診断を補助するツールであり、最終的な見極めや治療方針の確定は医師が責任をもって行わなければなりません。

オーダーメイド医療について

バイオデジタルツインはオーダーメイド医療においても高い効果が見込めます。オーダーメイド医療とはDNAの解読などを通して、個々の患者に最適化した治療法や投薬などを行うことです。デジタルツインが単なるシミュレーションと大きく異なるのは、「40代男性」のような一般的なモデルではなく、個々の対象に細かくパーソナライズされた仮想モデルを作成可能なことだと言われています。その点、バイオデジタルツインとオーダーメイド医療は、非常に親和性が高く、互いの効果を高め合うことができると言えるでしょう。

デジタルツインに欠かせない「IOWN構想」

デジタルツインはIOWN構想の一主要分野として位置づけられます。IOWNとは「(Innovative Optical and Wireless Network」の略称で、最先端の光関連技術と情報処理技術が可能にする次世代のコミュニケーション基盤です。IOWN構想は3つの主要分野から成り立っており、それぞれ次の分野に対応しています。

  • オールフォトニクス・ネットワーク;超高速の情報処理
  • デジタル・ツイン・コンピューティング:高精度シミュレーション
  • コグニティブ・ファウンデーション:リソースの最適化

これらの技術の実現を通して、従来のインフラの限界を超え、電力消費などを抑えつつ持続可能なダイバーシティ社会を発展させていくのがIOWN構想の骨子です。

NTTの提供する新たな医療健康ビジョン

NTT株式会社は新たな医療健康ビジョンとしてバイオデジタルツインの研究を進めています。NTTはバイオデジタルツインが心身の未来予測を可能にする技術として、以下の5つのゴールに到達することを目標としています。

①臓器機能のデジタル写像化
②心電、心音、血糖値などの生体情報の適時測定
③心身の様々なデータに基づいた複眼視的な予測シミュレーション
④体内の超ミクロ領域での診断・治療
⑤介護や障がい者支援

これらのゴールを達成することで「薬や手術の事前シミュレーション」「生体内における情報伝達・制御技術の研究開発」「患者の未来予測技術の開発」「生活習慣の改善」などの効果が見込めるとされています。NTTは現在、バイオデジタルツインに向けた具体的な取り組みとして、心臓のデジタルレプリカの作成に挑戦しており、今後の進展が期待されます。

BDTに関する懸念点

バイオデジタルツインを実現する上での懸念点としては主に次のようなことが挙げられます。

  • ヒューマンエラーは防げない
  • 欠損データや、データエラーの取り扱い
  • セキュリティ対策

いくらバイオデジタルツインによって事前にシミュレーションなどを繰り返したとしても、ヒューマンエラーを完全に防ぐことはできません。また、欠損データやデータエラーの取り扱いが適切になされていないと、正確な仮想モデルの構築や将来予測はできません。さらに、バイオデジタルツインには患者の生体データという究極の個人情報が詰め込まれているので、情報漏えいや不正利用などがないように厳重なセキュリティ対策も重要です。

まとめ

患者の生体データから「バイオデジタルツイン」を構成することで、医者は患者の健康状態を正確に把握し、病気の診断や治療方針の検討、あるいは手術のシミュレーションなどに役立てることができます。バイオデジタルツインが今後発展・普及していけば、より質の高い遠隔診療も可能になり、医療の地域格差の是正も期待できます。

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