「HACCP(ハサップ)」が施行されたことにより、食品業界の衛生基準に大きな変革が訪れています。義務化されることも決まっているため、食品を扱う企業はHACCPを学び、導入のために新しい衛生管理を作成しなければいけません。本記事では、HACCPの概要や新たな課題、またその解決に利用できるツールについて解説します。
2020年6月から施行されたHACCP(ハサップ)とは?
厚生労働省により、新しい衛生管理制度「HACCP(ハサップ)」が2020年6月1日をもって施行されました。さらに1年後の2021年6月1日には、これの導入が義務化されるため、一部の事業者を除き、ほぼすべての食品事業者がHACCPに沿った衛生管理を実施しなければいけません。
では、HACCPとは何なのでしょうか。HACCPは「Hazard(危害)」「Analysis(分析)」「Critical(重要)」「Control(管理)」「Point(点)」の頭文字をとったもので、日本語では「危害分析重要管理点」と呼びます。食品の安全を見直すために、異物混入など危害のある箇所を分析し、重要な工程を設定・管理します。
これまでの衛生管理では、製造の最終工程での検査がほとんどでした。しかし、この方法は抜き取り検査となるので、検査に漏れが出てしまう可能性があります。そのため、WHOとFAOによる食品規格委員会で発表された、国際的な基準であるHACCPを取り入れたのです。
もともとHACCPは、宇宙食の安全性を確保するためにアメリカで誕生した衛生管理手法です。それが現在では国際的な基準となり、世界中で導入されています。2020年6月1日に日本へ導入される以前から、以下の国ではすでに導入されていました。
- オーストラリア・カナダ:1992年
- アメリカ:1997年
- 台湾:2003年
- EU:2006年
- 韓国:2012年
こうして見ると、先進国内でも日本への導入はかなり遅れていることがわかります。日本が導入を決めた経緯のひとつに、東京オリンピックと同時に食への意識改革を行い、世界中に日本食品の安全性を伝えたいという背景があるためです。無論、対象事業者は対応に追われることとなりますが、食の安全性を高めることで、輸入事業の拡大が期待されます。
対象となる事業者
一口に食品事業者といっても、HACCPの対象・非対象が分かれます。さらに「HACCPに基づく衛生管理」と「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」の2種類の管理方法があるので、対象事業者は対象となる衛生管理方法に沿って管理しなければいけません。
まず「HACCPに基づく衛生管理」の対象となる事業者は以下となります。
- 大規模事業者
- と畜場
- 食鳥処理場「食鳥処理業者(認定小規模食鳥処理業者を除く)」
「大規模事業者」とは、従業員数が50名以上の企業です。これらの対象事業者は、後述するHACCPの7原則12手順を実施しなければいけません。
一方、「HACCPの考え方を取り入れた衛星管理」の対象事業者には、小規模営業者などが該当します。「小規模営業者」とは従業員数が50名未満で、一般衛生管理の対応範囲にある業種を指します。50名にカウントされるのは食品を扱う者のみなので、事務職員などは勘定されません。
また、以下の事業者はHACCPの対象とはなりません。
- 農業・水産業などの食品採取業
- 食品・添加物の輸入業
- 食品・添加物の貯蔵、運搬のみの事業(冷蔵・冷凍倉庫業以外)
- 常温での長期保存が可能で、品質劣化の起きない包装食品の販売業
- 器具容器包装の輸入・販売業
- 1回の提供食数が20食未満の集団給食施設
HACCPの「7原則12手順」とは
HACCPの「7原則12手順」とは、HACCPに基づく衛生管理が必要な事業者が行わなくてはいけない管理手法のことです。全部で12の手順があり、後半の7つが特に重要であることから、7原則12手順と呼びます。HACCPの12手順の詳細は以下となります。
- 手順1:HACCP管理のためのチーム編成
- 手順2:製品に関する説明書作成(原材料・添加物など)
- 手順3:製品の用途と対象消費者の確認
- 手順4:製造工程図の作成(フローの一覧図)
- 手順5:製造工程一覧図の現場確認(現場と管理者のずれの認識)
- 手順6(原則1):危害要因の分析と対処の検討
- 手順7(原則2):危険を取り除く重要管理点の決定
- 手順8(原則3):重要管理点(CCP)の管理
- 手順9(原則4):重要管理点のモニタリングを設定
- 手順10(原則5):モニタリングにより管理が適切でなかった場合の改善措置の決定
- 手順11(原則6):作成したHACCPの機能の検証
- 手順12(原則7):HACCP実施の記録と保存方法の設定
後半の7原則は、作業工程の中で衛生管理を向上させるために重要な部分です。この作業を適切に行わないと、衛生管理が緩くなってしまいます。また、従業員が携わる箇所でもあるため、現場への周知も大切です。
HACCPの考え方を取り入れた衛生管理とは
小規模事業者の場合、HACCPを導入する必要はありませんが、その考え方を取り入れた衛生管理は行わなければいけません。「一般社団法人 食品産業センター(JFIA)」によると、HACCPの考え方を取り入れた衛生管理では、以下の6つがポイントとなります。
- 食品の取り扱い
- 管理運営要領の作成
- 記録の作成・保存
- 製品の回収・廃棄
- 検食の実施
- 消費者からの情報収集
基本となる「食品の取り扱い」では、「製品の劣化・腐敗」「異物の混入」「細菌・ウイルスによる汚染」「アレルギー物質の混入」が起こらないための管理方法について解説しています。この中には、食品表示義務のあるアレルギー情報の記載や、賞味期限の管理なども含まれます。
そして、こうした問題を防ぐための手順書を作成するのが、「管理運営要領」です。これを各企業の作業に合わせて作成していきます。さらに、手順書に合わせた記録の作成・保存も行わなければいけません。
また、万一問題が発生した場合に備えて、製品の回収や廃棄を迅速に行えるよう、責任体制なども決めておく必要があります。問題点に関しては消費者からも情報を収集し、報告があった場合は速やかに然るべき措置を講じます。そのほか、弁当屋や仕出屋などでは、検食の保存や配送先・時刻・料金の記録が求められます。
なお、具体的な管理手法については、厚生労働省のホームページにて資料化されていますので、そちらをご参照ください。
HACCPを導入しなかった場合の罰則について
現在、HACCPには罰則が設けられていません。しかし食品衛生法では、都道府県の条例によって罰則を規定される可能性があります。ずさんな管理が発覚した場合は改善指導の対象となり、従わない場合は営業停止・罰金・管理者への刑事罰などが発生することも考えられます。
また、問題が起きた際は、企業の管理状態が世間にさらされる場合もあります。特に近年ではSNSが発達しているため、すぐに情報が拡散する危険性があるのです。企業や商品の信用低下は売上にも影響を及ぼすため、適切な衛生管理は必須といえます。
HACCPの導入課題にはどんなものがある?
HACCP導入における課題としては、主に以下のものが挙げられます。
- 人材不足
- コストの増加
- 作業の煩雑化
- 管理の手間
- 紙媒体での記録の保管場所
企業によって課題は変わりますが、衛生管理手法が従来のそれと大きく異なる場合は、そのぶん導入に時間がかかります。さらにHACCPに通じる人材の不足や、それを補う人件費などのコスト増大も懸念されます。
また、大きな問題となるのが、管理や記録です。HACCPでは大規模事業者・小規模事業者問わず、必ず管理や記録が発生します。記録する工程が多くなるほど、リソースや人材も必要となります。
特に紙媒体を利用して保管する場合は、保管スペースを確保しなければいけません。多くの企業では1~3年ほど記録を保管するため、必然的に紙の量も多くなります。それらを人が管理するとなれば、ヒューマンエラーが起こる可能性も高まるでしょう。
課題の多い記録・保存業務を円滑化するためのポイント・解決策
上記の課題を解決し、HACCPに基づく管理・記録を円滑化するためには、以下のポイントを押さえることが大切です。
ペーパーレス化を促進し、情報を一元管理する
紙媒体を利用した記録は、保管スペースの必要性やコストが生じます。工数も余計にかかるため、ペーパーレスの導入が望ましいでしょう。そこで、記録・管理業務をシステム化して効率的に運用することがおすすめです。
近年では、さまざまな情報を一元管理できるクラウドサービスがあります。こうしたサービスを活用すれば、保管スペースを確保する必要がありません。さらにクラウドなら、インターネットがつながってさえいれば、端末を問わずいつでもどこからでも利用できるため、情報へのアクセスも容易です。紙のように資料を探す手間もかからないので、効率的な管理が可能となります。
またクラウドは、低コストで素早い導入が可能な点も魅力的です。業務改革を行う場合は、HACCP導入に際してシステム自体をクラウドに乗り換えるのもよいでしょう。
ツールの活用により各プロセスを自動化する
管理業務でクラウドとともに活用できるのが「IoT(Internet of Things)」です。IoTは「モノのインターネット」とも呼ばれ、さまざまなモノをインターネットに接続して活用する新しい技術です。現在、IoTは多くの企業で導入が進み、業務の自動化や効率化に役立てられています。
たとえば、IoTにより温度計とインターネット上にある管理票を結び付ければ、温度管理を自動化できます。温度チェックが自動で管理できるようになれば、人的リソースが必要なくなるため業務負荷の軽減につながります。
こうしたシステムの導入は複雑に感じられるかもしれませんが、大半のシステムはIT担当者不在の企業でも簡単に導入できるよう考案されています。簡単に利用できるプラットフォームなどもあるため、ぜひ一度検討してみてはいかがでしょうか。
まとめ
HACCPの導入においては、記録・保存の仕方が重要です。紙媒体での記録や手動での保存は、保管場所が必要となり工数も多く発生します。これを避けるためには、クラウドでのシステム化やIoT導入による自動化がおすすめです。業務をシステム化することにより、ミスを減らしつつ業務効率化につながるなど、さまざまなメリットがあります。