日本は総人口の減少と高齢化率の上昇が加速しており、医療や介護を取り巻く課題が増大しています。市場の成熟化が進む現代市場のなかで競合他社との差別化を図るためには、ヘルスケア市場の動向を視野に入れた事業戦略が必要です。本記事ではヘルスケア市場の規模や将来性、医療・介護業界の動向などについて解説します。
ヘルスケア市場の規模・将来性
国内の総人口は2008年の1億2,808万人(※1)を頂点として下降し続けており、2024年5月1日時点における総人口の概算値は1億2,393万人(※2)となっています。さらに総人口に占める高齢者の割合は29.1%(2023年9月15日現在。※3)で、過去最高を記録するとともに、世界で最も高い水準となっているのが国内の現状です。このような社会的背景も相まって、国内のヘルスケア市場は今後さらなる拡大が予測されています。
(※1)参照元:統計トピックス No.119 統計が語る平成のあゆみ(p.1)|総務省
(※2)参照元:人口推計 2024年(令和6年)5月報(p.1)|総務省統計局
(※3)参照元:統計トピックス No.138 統計からみた我が国の高齢者(p.1)|総務省
我が国における医療・介護業界の動向
経済産業省が公表した2023年版の「新しい健康社会の実現」によると、2020年から2050年にかけて総人口が約20%、生産年齢人口は約30%減少し、人口の約40%が高齢者、約10%が要介護者になると推計されています。また、要介護者の増加に伴い、2040年には社会保障負担額が約35%増加する見込みです。(※4)
WHO(世界保健機関)とUN(国際連合)の定義では、65歳以上の高齢者の割合が総人口の21%を超えた社会を「超高齢社会」と呼びます。超高齢社会へと突入している日本では、医療や介護の需要が必然と高まっていくものの、生産年齢人口の減少によって医療・介護分野の労働力不足が懸念されます。現状のままでは医療・介護分野における需要と供給のバランスが崩壊し、サービス品質の低下や医療費の高騰につながる可能性も否定できません。
このように国内では少子高齢化の影響により、社会保障費の増大や労働力不足、医療費の高騰など、医療・介護を取り巻くさまざまな課題が顕在化しています。こうした背景のなかで重要課題となっているのが、医療・介護分野におけるICTの戦略的活用や官民一体による未来の健康づくりです。
たとえば経済産業省では、2030年までに患者と医師が医療データを共有できる仕組みの整備を長期ビジョンのひとつに掲げています。また、人材の健康づくりに取り組む企業への投資促進や健康経営を支える産業の創出、日本の強みを活かしたヘルスケアサービスを新興国で展開するなど、健康課題の解決と新たな市場の獲得を目指しています。
(※4)参照元:新しい健康社会の実現 2023年3月(p.8、67など)|経済産業省
ヘルスケア市場の展望
2024年版の「新しい健康社会の実現」によると、国内のヘルスケア市場は2020年の時点で25兆円規模となっており、2050年には77兆円程度の市場規模に達すると推計されています。ヘルスケア市場の拡大が見込まれる要因のひとつが、仕事と介護の両方に従事するビジネスケアラーの存在です。(※5)
2030年には家族介護者のうち約4割(約318万人)がビジネスケアラーになると予測されています。ビジネスケアラーは企業にとって重要課題であり、仕事と育児に両立による労働生産性の低下や育成費用の損失、代替人員の採用などを考慮すると、その経済的損失は約9兆円に達するとされます。(※6)
このような背景から介護サービスの需要が増大するのはもちろん、ビジネスケアラー向けの生活支援サービスや健康管理サービス、カウンセリングサービス、転職支援サービスといった新たな市場の創出が見込まれます。そして政府による介護支援の拡充や企業の健康経営促進、デジタル技術の進歩・発展などと相まって、ヘルスケア市場はさらに拡大していくと予測されます。
(※5)参照元:新しい健康社会の実現 2024年2月(p.7)|経済産業省
(※6)参照元:新しい健康社会の実現 2023年3月(p.32)|経済産業省
ヘルスケア市場で注目を浴びているPHRとは
先述したように、経済産業省は医療・介護分野におけるICTの戦略的活用や、企業と連携した健康づくりを推進しています。そのビジョンを実現する上で欠かせないのが「PHR」です。
PHR(Personal Health Record)の概要
PHRは「Personal Health Record」の略称で、個人の医療・健康関連におけるデータを指します。たとえば病院の診察結果や処方箋、病歴、検査データ、血圧や血糖値の値、服薬情報、食生活や睡眠時間のデータなどです。従来は個別に管理されていた個人の医療・介護に関する情報をデジタル上で一元管理するとともに、そのPHRデータを各医療機関で共有し、治療の品質向上や診察の効率化などに役立てることがPHRの目的です。
PHRの抱える現在の課題
近年、国内ではさまざまな産業でDXの推進が重要課題となっているものの、医療・介護分野はデジタル化が遅れている傾向にあります。たとえば医療現場では今なお紙ベースの申請・承認業務が多く、中小規模の医療施設では電子カルテのようなデジタル技術の活用も進んでいるとは言い難い状況です。また、PHRは個人の医療・健康関連のデータを一元管理するため、情報の取り扱いに細心の注意が必要であり、厳格な情報セキュリティが求められます。
こうした医療・介護分野の課題を解消するとともに、PHRサービス産業の発展を目的として2023年7月に設立されたのが「PHRサービス事業協会」です。PHRサービス事業協会は、PHR関連の商品・サービスを提供する事業者が主導する組織で、医療・介護分野のデジタル化を促進しています。PHRの普及率が高まれば、医療技術のさらなる向上や新薬の開発などに貢献し、国民の健康増進や健康寿命の延伸、介護予防といった成果が期待できます。
PHRのユースケース
PHRの代表的なユースケースとして挙げられるのが、ユーザーの健康状態に適した商品・サービスの推奨です。たとえば日常生活で収集したPHRデータを活用し、ユーザーに必要な商品のクーポンを発行します。それにより、ユーザーは自分の健康増進に必要な商品を把握できると同時に健康意識が高まり、事業者は顧客接点の強化と売上機会の創出というメリットを得られます。
また、PHRデータから地域住民の健康状況を多角的に分析し、疾病の予防活動をするといった活用も可能です。これらはPHRのユースケースのほんの一部であり、2025年に大阪府で開催予定の日本国際博覧会では、さまざまな企業がPHRデータを活用した健康・医療・食に関する実証実験を実施すると発表されています。
デジタル田園都市国家構想におけるPHR活用の未来
デジタル田園都市国家構想とは、デジタル技術の活用によって地方の課題を解決し、地方創生の推進や都市との格差解消を目指す政策です。デジタル田園都市国家構想では、以下のようなPHRの活用が想定されています。
TISのヘルスケアプラットフォーム
デジタル田園都市国家構想に採択された地域では、ユーザーが同意した場合に限り、PHRデータを家族や医療従事者に共有できるITインフラを整備します。そのインフラストラクチャを提供しているのが、国内大手のSIerであるTIS株式会社(以下、TIS)です。
TISはユーザーの健康情報や医療情報が集約されるクラウド型プラットフォーム「ヘルスケアプラットフォーム」を運用しており、それを基盤としてさまざまなPHRサービスを展開しています。その代表的なサービスのひとつが「ヘルスケアパスポート」です。
「PHRを持ち歩く」ヘルスケアパスポート
ヘルスケアパスポートとは、「PHRを持ち歩く」という構想に基づいて開発されたPHRサービスです。電子的なオプトインを経たユーザーのPHRデータをプラットフォーム上で共有できるため、ユーザーはどの医療機関でも過去の検診結果や服薬情報など考慮した適切な治療を受けられます。
TISはシステム開発で培った情報セキュリティのノウハウを有しており、厳格なセキュリティ環境でPHRデータを運用・管理できる点もヘルスケアパスポートのメリットです。また、SaaSとして提供されるサービスのため、システムの導入と運用・保守に関する管理コストを安価に抑えられるという利点もあります。
まとめ
国内では医療や介護といったヘルスケア市場の長期的な拡大が見込まれており、経済産業省の調査では2050年に77兆円程度の市場規模に達すると推計されています。医療・介護を取り巻くさまざまな課題を解消するためには、ICTの戦略的活用や官民一体による健康づくりを推進しなくてはなりません。
そのビジョンを実現する要となるのがPHRです。PHRは個人の医療・健康関連におけるデータを一元管理できるため、どの医療機関でもユーザーに敵した治療やアドバイスを提供できます。また、PHRデータは医療技術の向上や新薬の開発に貢献し、健康寿命の延伸や介護予防といった成果を得ることにも寄与します。