生命活動によって生じる代謝物を研究するメタボロミクス解析が注目されています。しかし、メタボロミクス解析がどのような分析手法なのか不明瞭な点も多いはずです。そこで本記事ではメタボロミクス解析の概要や手順について解説していきます。
メタボロミクス解析とは
メタボローム(Metabolome)とは、ある生物が持っている代謝産物の総体を指す呼称です。生体内の代謝によって作り出される有機酸やアミノ酸、脂肪酸や糖といった低分子化合物の総体を網羅的に解析する手法を「メタボローム解析」と呼びます。
メタボロミクス解析の詳細を解説する前に「オミックス解析」という概念について確認する必要があります。オミックス(omics)とは総体を調べる手法を指す言葉です。
生物の中にある分子全体の変動を探索し、網羅的に生体分子を調べる解析手法を「オミックス解析」といいます。メタボロミクス解析はオミックス解析に内包される解析手法の一つで、メタボローム(代謝物)を対象としたオミックス解析をメタボロミクス解析と呼びます。解析の対象がDNAならば「ゲノミクス解析」、転写物mRNAの場合なら「トランスクリプトミクス解析」、たんぱく質ならば「プロテオミクス解析」と呼ばれます。
メタボロミクス解析は分子生物学の研究分野の一つであり、オミックス解析の中でも比較的新しい分野に位置づけられています。生体内の代謝物を網羅的に解析することで、病理機構の発見、および創薬プロセスの強化といった成果が期待されています。
また、薬物の安全性や毒性の発見、薬物代謝などを解析することで病気の診断や生活習慣の改善などの研究にも応用されてもいます。こうした背景から、メタボロミクス解析は病院や大学、製薬企業などから大きな注目を集めるようになったのです。
メタボロミクス解析の手順・流れ
メタボロミクス解析におけるプロジェクトには一連の流れがあります。「プロジェクトアイディアの想起」に始まり、「実験デザイン」→「メタボライトの発見」→「メタボライトの同定」、最終的に「仮設・検証」のフェーズへと移行します。プロジェクトアイディアを立案し、仮説を立てて検証することで最終結論を導き出すことがメタボロミクスの解析フローです。
ここからは、メタボロミクス解析における各フェーズの詳細について見ていきましょう。
プロジェクトアイディアの想起
メタボロミクス解析は、生命活動において産出される代謝物を包括的に検出・分析することで、病気の診断などに応用される研究領域です。よって、解析を始める前にプロジェクトアイディアを明確にする必要があります。
例えば、血圧降下薬を例に挙げると、なぜこの薬剤は降圧作用を持つのか、あるいはなぜ毒性を持つのかといった解決すべき疑問を言語化しなければなりません。薬剤や食事、環境や病気、遺伝子などについて、何らかの解決したい疑問がプロジェクトアイディアの原型となります。
実験デザイン
メタボロミクス解析はさまざまな方向から取り組めるため、実験デザインがその後の方向性を決定します。例えば、臨床サンプルに健康な人を用いるのか、疾患がある人を用いるのかで実験結果は大きく異なるでしょう。また、サンプルとして培養細胞や血清、尿といった生物液体や、動物の疾患モデルを使うといったアプローチも考えられます。
別の例を挙げるなら、何が起きるかを単に観察する「観察的研究」をするのか、調査者が実際に介入して効果を検証する「実験的研究」を行うのかについても検討しなくてはなりません。また、「横断的研究」や「縦断的研究」、「質的事例研究」といった取り組み方もあるでしょう。何らかの実験を行う際は、どのような被験者を配置するのか、あるいはどのような実験要素を用いるのかなど、実験デザインが重要な要素となります。
メタボライトの発見
メタボライトの発見には大きく分けて2つのアプローチがあります。1つ目は、すべての化合物の中から変化したメタボライトを探す「非標的メタボロミクス」。
2つ目は既知のメタボライトを選択的に分析する「標的メタボロミクス」です。非標的メタボロミクスは探索的要素が強い手法であり、相対的な定量を伴います。標的メタボロミクスは絶対的な定量を考慮しているため、多くのサンプルにおいて濃度プロファイル分析が可能という特徴があります。
変化したメタボライトを発見するには、膨大なサンプル数とデータを必要とします。例えば、薬剤に関する解析情報を取得するには、投与後の経過時点を変えた複数パターンのデータが必要です。また、調査対象となる数値や属性の源泉となる母集団の可変性を考慮した準備も必須です。
こうした背景もあり、メタボロミクス解析において膨大な量のデータを効率よく扱うことが可能な解析ソフトウェアの導入は必須と言えるでしょう。
メタボライトの同定
メタボライトの発見に至ったら、同定作業のフェーズに移行します。同定とは、ある対象について「それが何か」を定義する行為を指します。端的にいえば「分類」と「命名」することです。データベースに照らし合わせて解析し、既知の情報と比較することで、どの種に含まれるかといった構造決定が行われます。
照合に用いられる各種データベースは国内外でシステムの開発が進められています。しかし、現状のデータベースでは照合に多くの時間が必要です。そのため、既知データだけでなく、MSやNMRといった分析機器で測定した情報と併せて構造同定が行われています。
仮説・検証
最後は「仮設・検証」のフェーズです。得られたメタボライトのデータとプロジェクトアイディアを元に、仮説を立て検証し、最終的な結論へと導きます。結論を導くには再現性のあるデータが必要不可欠です。同時に、同定確度を上げるための豊富な情報や、複雑な試料から個々のメタボライトを分離する手段など、多くのデータを用意しなくてはなりません。そのため、情報を抽出するソフトウェアを使用するのが一般的です。
まとめ
メタボロミクス解析とは、メタボローム(代謝物)を対象としたオミックス解析の手法の一つとして、薬物代謝や健康、病気の診断など、さまざまな分野で応用されています。また、代謝物を網羅的に解析して生命現象を理解することで、医療分野の発展に大きく貢献する研究領域と言えるでしょう。メタボロミクス解析は、分析方法や分析機器の改良、データベースの充実化により、今後さらに発展していくと予測されます。