個人の服薬履歴を管理できる「お薬手帳」。それを電子化した「電子お薬手帳」は、東日本大震災を契機に誕生しました。利用者側にも薬局側にもメリットがあることから、徐々に利用者数を伸ばしています。
ここでは、その電子お薬手帳について、現状と課題を解説します。
スマホのアプリで管理する「電子お薬手帳」とは?
お薬手帳とは、患者が病院で処方された薬の情報を記録するための手帳です。医薬品を、より安全で有効に活用する目的で利用されます。病院での診察時や薬局で調剤を受けるときにお薬手帳を提示することで、処方されている薬の情報や服薬履歴などを医師や薬局が確認できます。それにより、薬の重複や飲み合わせ、また服薬によるアレルギーや副作用があったかなどの情報を共有することができるのです。
冊子になっている紙のお薬手帳が一般的ですが、最近ではスマートフォン(スマホ)で使える、アプリ版の「電子お薬手帳」の利用者が増えつつあります。これはお薬手帳の情報を電子化してクラウド上のサーバーに保存するもので、紙のお薬手帳のように紛失する心配がありません。またアプリなので、あらかじめ処方箋を薬局に送信したり、服薬時間を知らせるアラーム機能がついていたりなど、副次的なサービスも提供されている便利な仕組みです。
お薬手帳のアプリをスマホにインストールして利用者登録を行った後に、薬局でもらうQRコードを読み取って薬の情報を登録すれば、利用を開始できます。QRコードがない場合は、手入力も可能です。登録したデータをサーバーに送信すると、病院や薬局側は本人の許可を得たうえで、そのデータを閲覧できるようになります。
電子お薬手帳の誕生背景
電子お薬手帳については、もともと政府のIT 総合戦略本部が2010年に策定した「新たな情報通信技術戦略(新IT 戦略)」を契機に議論され始めました。そんな中、発生したのが2011年の東日本大震災です。服薬していた方は避難所でも薬を必要としましたが、お薬手帳を持っていないために正式な薬の名前などがわからずに、どの薬を提供すべきかを特定することが困難でした。逆に、避難時にお薬手帳を持っていた方は履歴が残っているため、スムーズに薬を処方できたのです。そのことから、日頃からほとんどの方が持ち歩いているスマホにお薬手帳の情報を入れ、クラウド上にも保存されていれば、万一の場合でも服薬履歴の確認が可能であるということになり、電子版のお薬手帳が生まれました。
電子お薬手帳の機能的特徴
電子お薬手帳には、利用者側の機能と薬局側の機能があります。それぞれ解説していきましょう。
利用者側の機能
- データをスマホに保存できる
たとえ大地震や大雨などの災害で避難が必要になっても、スマホは持ち歩いている可能性が高いアイテムです。場所を選ばずに、自分の服薬履歴を確認できます。
- 家族の服薬履歴を管理できる
電子お薬手帳では、家族の情報も管理できるようになっています。ご自身の子供や介護が必要な親などの情報が、ひとつのスマホで管理できます。
- クラウド上にデータをバックアップできる
クラウド上に情報を保存するため、服薬履歴を薬剤師と共有できます。またスマホを新しく買い替えた時でも、アプリにログインすれば以前の情報がそのまま引き継がれます。
- ・処方箋を電子データとしてやりとりできる
病院で受け取った処方箋データをスマホで撮影し薬局へ送信することで、待ち時間なく薬を受け取ることができます。
薬局側の機能
- 患者データ閲覧機能
来店したお客様にワンタイムQRコードを掲示してもらうことにより、利用者側のアプリに登録されている情報が即時確認できます。
- 処方箋データの確認機能
事前にお客様から送られてきた処方箋データを管理画面で受け付け、確認メッセ―ジを送信できます。また受け取った処方箋データは、プリンタから自動出力が可能です。
電子お薬手帳の現状と課題
電子お薬手帳のメリットは、スマホで情報がやり取りできるため携帯性に優れている点にあります。また、アプリを通してデータをクラウド上で保管できるバックアップ機能に加え、薬局への処方箋送信機能や服薬タイミングを知らせるアラーム機能などのオプションが利用でき、付加価値が高いものとなることも利点といえます。しかしその一方で、課題として見えてきていることもいくつかあります。
まず、普及率が伸び悩んでいる点です。厚生労働省が2019年に公開した「かかりつけ薬剤師・薬局に関する調査報告書」によると、薬局側の電子お薬手帳の導入率は 48.1%で、前年度比で13.2ポイント増加していました。まだ半数ほどではありますが、着実に導入率は向上しています。しかし導入に躊躇している薬局があるのも事実であり、その理由としては「患者が希望しないため」「導入費用の負担が大きいため」などが挙げられます。
加えて、電子版お薬手帳は健康意識が高い方を中心に利用を増やしているものの、利用者側がスマホを持っていることや、アプリを自ら操作できることが前提となっている点も課題です。特に高齢者などは操作スキルにばらつきがあり、利用することに抵抗感を持っている人も未だ多くいます。調査会社のシードプランニングが2017年に公表した調査結果によると、2016 年時点で、電子お薬手帳の普及率は入院・外来患者数の約1割程度、2025年に約5割にまで普及すると予測されています。紙のお薬手帳のほうが利用率は高い状況であり、これらをどう打開していくかが課題解決のカギとなってくるでしょう。
また、電子お薬手帳はNTTドコモ、日本薬剤師会、STNetの3社がそれぞれのサービスを統合して2019年に共同利用を開始した「日薬eお薬手帳」のほか、ソニーとシミックホールディングスの子会社シミックヘルスケアがソニーから運営を譲り受けた「harmo(ハルモ)」、アイセイ薬局の「おくすりPASS」、フリービットEPARKヘルスケアの「EPARKお薬手帳」などいくつも存在します。それぞれがバラバラで開発・運営されているため、互換性がない場合もあることがデメリットのひとつになっています。
今後は、子供から高齢者まで年代を問わず使いやすいアプリ開発を行う必要性に加え、各社アプリ間で互換性がないことへの対応、さらには電子カルテとの連動などが求められています。
まとめ
お薬手帳を電子化することによって、利用者だけでなく医療従事者側にも多くのメリットが生まれます。服薬履歴がデジタルデータ化されることにより、ビッグデータ分析やAIの教師データなどへの活用が広がることが考えられるでしょう。結果的に医療の高度化や医師・看護師の負担減にも繋がる可能性があり、今後の発展が期待されます。