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介護業界におけるヒヤリハットとは | 報告書書式や事例などを解説

介護業界におけるヒヤリハットとは | 報告書書式や事例などを解説

介護の現場で頻繁に使われる「ヒヤリハット」という言葉ですが、この言葉が具体的にどのような状況を指しているのか、分からないという方もいるかもしれません。

そこで、本記事では介護現場におけるヒヤリハットとは何かをお伝えした上で、介護現場でよくあるヒヤリハットの例や発生原因、報告書の書き方について詳しく解説します。

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介護現場におけるヒヤリハットとは?

介護現場におけるヒヤリハットとは?

ここではまず、そもそもヒヤリハットとは何か、どうして起こるのかについて見ていきましょう。

ヒヤリハットとは

ヒヤリハットとは、業務や日常生活の中で、実際の事故や問題には至らなかったものの、危険を感じたり一瞬「ヒヤリ」としたりする場面を指す言葉です。

「ハインリッヒの法則(1:29:300の法則)」によると、1つの重大な事故の背後には29の軽微な事故があり、そのさらに背後には300の異常が存在するとされています。たとえヒヤリハットで留まったとしても、それを放置すれば、やがて重大な事故に発展する可能性が高まるため決して油断はできません。

なお、ヒヤリハットとよく混同される言葉に「インシデント」があります。どちらも事故に発展する可能性がある事案を指す言葉ですが、インシデントは危険に気づいていない場合も含む広い意味合いを持つのに対し、ヒヤリハットは当事者がその場で危険を認識したものを指します。

ヒヤリハットはなぜ起こるのか

ヒヤリハットが起こる原因はさまざまですが、そのなかでも主に以下3つが挙げられます。
  • 情報共有・コミュニケーション不足
  • 設備・環境の不具合
  • ヒューマンエラー

なかでも、情報共有やコミュニケーションの不足は、ヒヤリハットが起こる大きな要因です。チーム内での情報の伝達が不十分だと、重要な情報が行き渡らず、判断ミスや対応の遅れが生じる可能性があります。

特にシフト交代時などにおける情報共有がスムーズに行われていないと、作業の連携が途切れ、ヒヤリハットが発生するリスクが高まります。

また、老朽化した設備や適切な管理がされていない作業環境が原因で生じるトラブルや、疲労・経験不足から来る判断ミスといったヒューマンエラーも原因となることが少なくありません。

介護現場でのヒヤリハットとは

介護現場でのヒヤリハットは、介護業務の中で発生し得る、事故やトラブルに至る前の「ヒヤリ」や「ハッ」とする瞬間のことです。

介護の現場では、利用者ごとに身体的・精神的状態が異なるため、それぞれに適したケアが求められ、その過程でヒヤリハットが発生しやすくなります。したがって、重大な介護事故を未然に防ぐには一つひとつのヒヤリハット事案を見逃さず、適切に報告・対策することが欠かせません。

ここで注意したいのが介護事故との区別です。現場によっては、これらを曖昧に扱っているケースも見受けられますが、事故を未然に防げた事象を「ヒヤリハット」、実際に事故が発生してしまったものを「介護事故」として区別するのが適切です。

例えば、「利用者がベッドから転倒したが特に外傷はなかった」というケースでは、結果的に怪我を負わなかったとしても、転倒したことに変わりないので「介護事故」に該当します。

介護現場で起こりやすいヒヤリハットの例

介護現場で起こりやすいヒヤリハットの例

ここからは、具体的なシチュエーションごとに、介護現場で頻発しているヒヤリハットの例を見ていきましょう。

入浴時

入浴時は、介護現場で特にヒヤリハットが発生しやすい場面の1つです。なかでも、浴槽から上がる際に、足が滑って転倒しそうになるといった事案が多く発生しています。

入浴時の転倒は骨折や頭部外傷などの深刻な事故につながる可能性があるため、十分に注意しなければなりません。シャンプーが床に残っていると滑りやすくなるので、滑り止めのマットを敷いて事故防止に努めることが大切です。

他にも、以下のようなケースがあります。

  • 浴槽への移動時に介助が不十分で、利用者が浴槽に落ちそうになった
  • 入浴後、足元が不安定な状態で利用者が転倒しそうになった

トイレ時

トイレ時では、利用者が便座から立ち上がる際にふらつき、転倒しそうになる事案が多く報告されています。転倒によって重大な怪我につながる恐れもあるため、トイレでの介助も慎重に行う必要があります。こうした事故を未然に防ぐには、便座の高さを調整するなど、環境の整備も求められるでしょう。

他にも、以下のようなケースがあります。

  • トイレのドアを閉めた際、利用者の手や指が挟まりそうになった
  • 排泄介助中に姿勢が崩れ、介助者が腰を痛めそうになった

食事時

食事時も、介護現場におけるヒヤリハットが発生しやすい状況の1つです。特に、食事中に利用者が誤って食べ物を飲み込み、窒息しそうになる事案が見受けられます。

高齢者や嚥下機能が低下している利用者は、食べ物をうまく飲み込めないことがあり、窒息や誤嚥のリスクが高まります。そのため、食事の形状や食事介助の方法には注意を払わなければなりません。

他にも、以下のようなケースがあります。

  • アレルギーのある利用者に誤って該当する食品を提供してしまいそうになった

外出時

外出時の代表的な例としては、段差のある場所で車椅子がバランスをとれなくなり、転倒しそうになることが挙げられます。車椅子の操作には十分な注意が必要であり、外出時には事前にルートの確認を行い、危険な場所を避けることが重要です。

他にも、以下のようなケースがあります。

  • 坂道で車椅子のスピードをコントロールできず転倒しそうになった
  • 狭い道で車椅子を操作していた際、壁や障害物と接触しそうになった

着替え時

着替え時も、ヒヤリハットが発生する可能性の高い場面です。特に、おむつ交換の際には利用者を持ち上げたり、体をひねったりする動作が必要になるため、バランスを崩してベッドから転倒しそうになる事案がよく見られます。こうした場面では、適切な体位変換や2人体制でおむつ交換をするなどの工夫が必要でしょう。

他にも、以下のようなケースがあります。

  • 利用者が自分で靴下を履こうとして転倒しそうになった

介護現場でヒヤリハットが起こる原因とは

介護現場でヒヤリハットが起こる原因とは

介護現場においてヒヤリハットが起こる原因はいくつか考えられます。ここでは、以下2つの原因について解説します。

  • 利用者による原因
  • 設備による原因

利用者による原因

介護現場でのヒヤリハットの一因として、利用者自身の身体的・認知的要因が挙げられます。特に高齢者は、認知機能の低下や身体機能の衰えによって、自分の動きや周囲の状況を正確に把握することが難しくなります。

例えば、バランス感覚が衰えて転倒しやすくなることや、認知症の影響で自分の居場所を誤認し、危険な行動を取ってしまうことが典型的な例です。

また、持病の発作や体調の急変による突発的な行動もヒヤリハットの原因となるため、利用者の状態を常に把握し、適切な対応を行う必要があります。

設備による原因

もう1つの原因は、設備や環境に起因するものです。例えば、介護用のベッドや車椅子の不具合、バリアフリーが不十分な施設設計、手すりや床の滑りやすさといった要因がヒヤリハットを招くこともあります。

こうした設備・環境要因にまつわるものは、職員が事前に危険箇所を把握し、利用者とともに注意深く行動することで、事故を防ぐことが可能です。ケースによっては、施設の設計や福祉機器の改善が必要となることもあるでしょう。

実際にあったヒヤリハット事例と対策

介護現場では、実際にさまざまなヒヤリハットが起こっています。ここからは、そのなかでも特に頻発している事例とその対策を2つ紹介します。

電動車椅子の運搬中におけるヒヤリハット

1つ目は、電動車椅子の運搬中に起こったヒヤリハットです。

ある社会福祉施設の訪問介護の現場で、介助者が利用者の電動車椅子を階段で運搬していた際、車椅子のバランスが崩れて介助者の足に乗り、転倒しそうになるという事案が発生しました。幸い大きな事故には至りませんでしたが、一歩間違えれば重大な怪我につながる可能性がありました。

このヒヤリハットの主な原因は、重い電動車椅子を階段で運搬したことと、運搬中に電動車椅子が介助者の足の上に乗ったことにあります。

これを受け、現場では以下2つの対策が講じられました。

  • 重量物を運搬する際に、エレベーターが設置されている場合は、エレベーターを使用する
  • 電動車椅子の運搬について、複数名での作業とする

参照:厚生労働省「ヒヤリ・ハット事例」

入浴介助中に発生したヒヤリハット

2つ目は、入浴介助中に起こったヒヤリハットです。

ある介護施設で、介助者が利用者を浴槽から引き上げようとした際、前かがみになって腰を痛めそうになるヒヤリハットが発生しました。

このヒヤリハットの主な原因は、浴槽内の狭いスペースで、介助者が無理な姿勢で引き上げようとしたことにあります。特に前かがみでの動作は、介助者の腰や背中に過度な負担をかけ、怪我のリスクを高める要因となるため注意しなければなりません。

これを受け、現場では以下2つの対策が講じられました。

  • 利用者を抱える際は、腰をかがめない正しい姿勢で行う
  • 複数名での作業を検討する

参照:厚生労働省「ヒヤリ・ハット事例」

ヒヤリハットを減らすための3つの方法

ヒヤリハットを減らすための3つの方法

介護現場でのヒヤリハットを減らすためには、現場全体でのリスク管理が不可欠です。ここでは、効果的な3つの対策方法を紹介します。

危機予知トレーニングを実施する

まず1つは「危機予知トレーニング(KYT)」の実施です。このトレーニングでは、職員が現場で発生し得る危険を事前に想定し、その対策を考えることを通じて、実際の業務でのリスクを低減することが目的です。

例えば、利用者の転倒事故が起きそうな場面をいくつか想定し、適切な介助方法や環境整備について議論することが挙げられます。こうしたトレーニングを定期的に実施することで、職員のリスク感知能力が向上し、ヒヤリハットの発生を未然に防ぐ効果が期待されます。

ヒヤリハットを意識しやすい環境を整える

ヒヤリハットを減らすためには、日頃から職員一人ひとりが「ヒヤリハット」を意識できるような職場環境づくりが重要です。例えば、定期的にミーティングを行い、直近のヒヤリハット事例やその対策について話し合うことで、共有された事案を現場で活かすことができます。

また、ヒヤリハット報告をしやすい環境づくりも欠かせません。報告書の作成が面倒だったり、上司に叱られるのではないかと心配したりするような状況では、職員はなかなか報告しようと思えないでしょう。

そのため、簡単な報告フォーマットを用意したり、報告の仕方を丁寧に指導したり、報告しやすい雰囲気づくりを心掛けたりするなど、心理的なハードルを下げる工夫が必要です。

ITツールを導入する

ITツールの導入も、ヒヤリハットを減らすための効果的な方法です。ヒヤリハットは介護事故などの重大なトラブルにもつながりかねないため、同様の事案が発生するリスクをどうにか抑えなければなりません。そのためには「情報の見える化」を進め、職員間で過去事例を定期的に確認できる仕組みづくりが求められます。

WordやExcelを用いてヒヤリハットを管理する現場もありますが、これでは情報の一元管理が難しく、職員間での共有が遅れる可能性が高いです。

その点、ITツールであればヒヤリハットのデータを迅速に記録・共有でき、職員全員が過去の事例から学び、共通認識を持って業務に取り組めるようになります。ツールによっては、ファイルごとに細かく権限設定できたり、高度な検索機能を備えていたりするものもあるので、積極的に活用しましょう。

ヒヤリハット報告書の書き方

ヒヤリハット報告書の書き方

そもそもヒヤリハット報告書とは

介護現場でヒヤリハットが発生した際に、その状況や原因、対策を記録するために用いられるのが「ヒヤリハット報告書」です。この報告書は、ヒヤリハットを経験した職員が詳細な情報を文書化し、組織内で共有することを目的としています。

これを活用することで、発生時の具体的な状況や原因が客観的に伝えられ、組織全体での情報共有が容易になります。また、口頭での報告に比べ、記録として残るため、再発防止や重大な事故を避けるための分析に役立ちます。

日本では現在、ヒヤリハット報告に関する法的な義務はありません。しかし、事故を防ぐためには現場が自主的にヒヤリハット報告を促進し、そのデータを活用して適切な対策を講じることが重要になります。

介護ヒヤリハット報告書の書き方とフォーマット

ヒヤリハット報告書の記入内容は施設によっても異なりますが、一般的に以下のような項目を記録します。

  • 当事者の基本情報(氏名)
  • 発生時の状況(日時、場所、具体的な経緯・行動)
  • 発生原因(何が原因でヒヤリハットが起こったか、具体的な要因)
  • 想定される事故(実際に事故が発生した場合に考えられる結果や影響)
  • 再発防止策(同じヒヤリハットを防ぐための対策や改善案)

また、フォーマットに関しても特にルールや決まりはありません。以下は厚生労働省のサイトに掲載されているヒヤリハット報告書のフォーマットです。こちらを参考に、現場に合ったオリジナルのフォーマットを作成してみるのもよいでしょう。

介護ヒヤリハット報告書の書き方とフォーマット

引用:厚生労働省「ヒヤリハット事例・想定ヒヤリ 報告制度の導入について(例)」

ヒヤリハット報告書で大切なこと

職員に適切な報告書を作成してもらうには、記入しやすいフォーマットを用意するだけでなく、報告書作成にあたって大切なポイントを理解してもらう必要があります。

ここでは、特に意識すべき2つのポイントを紹介します。

ヒヤリハットが起きたらなるべく早く作成する

まず、ヒヤリハットが発生した際には、可能な限り迅速に報告書を作成することが大切です。時間が経つと、当時の状況が曖昧になり、正確な記録が難しくなります。

記憶が鮮明なうちに報告書を作成することで、原因の分析や再発防止策の検討に役立つ詳細な情報を残せるようにしましょう。

専門用語を避け分かりやすく簡潔に書く

ヒヤリハット報告書は、介護職員や管理者だけでなく、行政職員や利用者の家族など、外部の人々が目にすることもあります。そのため、誰でも理解できるよう、専門用語や略語を避け、簡潔かつ明確に記載することが求められます。

例えば、「リハパン(リハビリパンツ)」や「NC(ナースコール)」といった業界特有の言葉ではなく、必ず正式名称を用いるようにしましょう。

また、報告内容は「いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どのように」といった5W1Hを意識し、簡潔で分かりやすい文章を心がけてください。

まとめ

まとめ

本記事では、介護現場におけるヒヤリハットの定義から介護現場で起こりやすい事案、発生原因、報告書の書き方まで詳しく解説しました。

表面的には大きな事故につながらないような小さな事案でも、同じ状況が繰り返されれば、重大な事故につながる可能性は十分にあります。だからこそ、現場でのヒヤリハットをしっかりと記録・共有し、定期的に検証することが大切です。

記事内で紹介した「ヒヤリハットを減らすための3つの方法」を実践し、重大な介護事故を未然に防ぎましょう。

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