現在の製造業は、業績が回復傾向にある一方で、環境の変化などに対応しきれず課題も生まれています。デジタル化によって目まぐるしい変化が起きている製造業の現状と課題を「ものづくり白書」(2019年版)をもとに検証します。
これまでの歩み
戦後の製造業は、造船・鉄鋼・電気機械・自動車といったあらゆる分野で進展し、経済成長や雇用創出、大量消費社会の実現といった点で日本経済を支えてきました。現在も製造業は国内経済で重要な位置を占めています。一方でサービス業、卸売・小売業、不動産業なども伸びており、製造業がGDPに占める割合は2007年時点で22.1%であったのが、2017年には20.8%に縮小しています。バブル期の1989年はこの割合が26.5%であったのと比較すると大きな変化であり、長期的に見ると緩やかな下降傾向です。
1990年代のバブル崩壊以降、デフレ状態が続き、製造業はコスト削減などで収益を改善させながら債務返済を行ってきました。2000年代半ばには景気回復の追い風があり、製造業は生産や収益を回復して過剰設備や債務といった負の遺産を清算したのです。2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災といった逆風はあったものの、それ以降はアベノミクスもあり収益向上やデジタル技術進展といった劇的な変化が起こりました。
平成時代における製造業の大きな変化として、事業所数の減少と生産性向上が挙げられます。1989年には製造業の国内事業所が約42万箇所ありましたが、2016年には約19万箇所に減少しました。一方で、ひとつの事業所当たりの付加価値額や労働生産性は上昇しており、付加価値額については同期間で約3億円から約5億円に向上したのです。
製造業の現状
製造業の現状について考える際は、業績・災害の影響・拠点展開・競争環境などの観点が重要です。ここからは、「ものづくり白書」をもとに製造業の現在の姿を紹介します。
災害による一時的な影響も、景気は緩やかに上昇傾向
国内製造業は、災害による影響を受けながらも、長期的には2012年第4四半期を底として緩やかに景気回復を続けています。
例えば、「日銀短観・業況判断DI」の値は、2012年第4四半期を境に上昇傾向です。大企業製造業については2013年第2四半期からプラス圏を保っており、2018年時点で「業況が良い」と回答した比率から「業況が悪い」と回答した比率を引いた値はプラス20%程度を保っています。中小製造業も、消費増税のあった2014年や世界的な原油高と米ドル高があった2016年頃はマイナスに振れたこともありましたが、長期的には穏やかに上昇しています。2018年は10%から20%の範囲での推移でした。
2018年は大阪北部地震・西日本豪雨・北海道地震といった度重なる自然災害によって一時的な影響もあったものの、製造業全体としては概ね上昇傾向を維持しています。
災害の影響
国内製造業は、風水害や地震といった災害によって影響を受け続けています。
例えば、2011年の東日本大震災では、製造の中核を担う施設が直接的な被害を受けたメーカーもありました。部品の調達や輸送といった流通機能がストップしたことでサプライチェーンが寸断されてしまったメーカーも少なくありませんでした。さらには、計画停電や省電力化といったエネルギー面での制約もあり、事業運営に支障をきたす状況だったのです。それ以降も風水害や地震は継続的に発生しており、例年の度重なる梅雨前線・台風や2016年の熊本地震などでも影響を受けてきました。
国内製造業は、こういった災害を教訓として、BCP(事業継続計画)の策定といった災害対策に取り組む動きが加速したという側面もあります。
グローバル展開は国内回帰の再評価
グローバルな生産体制を展開しているメーカーの中には、国内回帰を意識する企業も登場し、従来は当たり前だった海外生産体制の強化とは逆の動向になっている事例も見られます。白書によると、過去1年間で製品・部材を国内生産に戻したケースがあるかどうかについてアンケート調査を実施したところ、「ある」と回答した企業の割合は2018年の調査時点では12.5%でした。生産回帰が多かった国は中国・香港や東南アジアが多く、両者の比率を合計すると全体の約90%を占めています。
生産を国内に回帰する理由として多く挙がったのが、人件費・品質管理・リードタイムです。特に、アジアの人件費は全体的に上昇傾向にあり、わざわざ海外で生産するメリットが薄れつつあります。品質やリードタイムという点でも、国内拠点のほうがマネジメントを行いやすく、国内生産が再評価されているようです。
テクノロジーの進化による、競争環境の変化
デジタル技術をはじめとするテクノロジーが進化し産業界に普及している中、製造業は競争環境の変化に直面しています。IoT(モノのインターネット化)やAI(人工知能)といったデジタル技術の開発が進められ、実用化されるシーンも増加しました。
例えば、ドイツでは2015年に「インダストリー4.0」と称した製造業の国家戦略プロジェクトを政府が掲げ、IoTの導入や「スマート工場」といった方針のもと、製造業のデジタル化に官民一体となって取り組んでいます。こうした動向からわかるように、製造業は既存の「ものづくり」という価値観から進展し、サービスやソリューションといった付加価値創出までも含めた「コトづくり」の産業へと転換しつつあるのです。
このような競争環境の中、日本のメーカーもデジタル技術を積極的に活用し、新しい付加価値創出に取り組む必要があります。
製造業の課題と取り組み
製造業の成長を目指すためには、日本における製造業の課題を知り、どのような対策を取る必要があるのか理解しなければなりません。ここでは、人材確保・品質管理・「Society5.0」というコンセプトの実現について紹介します。
人材の確保
製造業において、景況は回復傾向にあるものの、人材確保は質・量ともに深刻な問題です。「新規学卒入職者数の製造業への入職割合」は2000年時点の17.3%から2016年には11.1%へと減少しています。また、「中小企業における産業別従業員数過不足DIの推移」は2009年以降減少傾向にあり、2018年の第1四半期にはマイナス23.1%に落ち込みました。
人材確保の問題は、熟練技能者からの技術継承の受け手となる人材がいないという問題につながっています。具体策として中途採用や女性活用の拡充、外国人の雇用、AIの活用などにも積極的に取り組むことが求められるでしょう。
人材の確保に伴い、環境面も同時に整備する必要があります。技術伝承がうまくいっていると答えている企業の約6割が実施しているのが、「技術伝承の具体的な内容の見える化(テキスト化・マニュアル化・IT化)」です。同時に、効率的な教育ツールや体制の見直しといった新たな工夫も必要重要になるでしょう。
品質管理の維持
品質管理の適正化も製造業における重要な課題です。近年、品質管理に関しては不正の事案が相次いで発覚するなど、トラブル・不祥事が連続しています。背景にはコスト削減や人手不足といった事情が考えられますが、製造業は品質検査や異常検知などによって、安定的に高い基準を満たさなければなりません。今後は、発展を続けているデジタル技術を活用するなど、品質管理体制の見直しも大切です。
Society5.0の実現
「Society5.0」とは、日本政府が提唱する考え方で、技術革新の進展によって社会や生活の形が劇的に変わる超スマート社会の姿です。狩猟社会・農耕社会・工業社会・情報社会に続く次の社会像として注目されています。第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。
「Society5.0」の実現は、国内製造業にとって人材育成の効率化や生産性の向上、生涯現役社会を実現するためのチャンスです。現状でも、実際に生産分野や研究開発などあらゆる場面で「Society5.0」に沿った取り組みを行っています。
教育施策
Sosiety5.0の実現には、教育現場における人材育成が必要不可欠です。基礎的な読解力や情報活用能力などを習得するために、児童生徒の発育段階に合わせたプログラミング教育を実施します。また、数理的思考能力やデータ分析・活用能力を習得するための数理データサイエンス教育の推進、リカレント教育の実施を展開しています。
女性の活躍を促進
女性の研究者の割合は年々増加傾向にあるものの、先進諸国に比べて依然低い水準です。そこで内閣府では女子中高生に理工系分野で活躍する女性のメッセージを情報提供したり、夏休みを利用した職場体験・仕事体験などのイベントを開催したりしています。その他にも、各機関と協力して女性研究者のワーク・ライフ・バランスを図る支援体制の実施や、女性研究者の研究体制を強化する取り組みを行っている大学もあります。
研究開発の推進
産学官連携を利用した研究開発の推進も行われています。「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」は、 省庁や分野の枠を取り払い、課題ごとにプログラムディレクターを選出し、基礎研究から事業化までを見据えて研究するものです。具体的な成果も出ており産業界からも高評価を受けています。文部科学省では、優秀な若手研究者に対しての支援や、新たなキャリアパスを提示する卓越研究員事業を実施しながら、人材育成にも積極的に取り組んでいます。
まとめ
「ものづくり白書」によると、現在の製造業は、2012年以降業績が回復傾向にあります。一方で、災害対応や国内生産回帰、テクノロジーの活用といった課題も出現。製造業は今後、人材確保や品質管理、「Society5.0」への対応も求められています。