IoT技術やセンサー技術の発展により、今日の医療においては患者の健康状態について従来より遥かに多くの情報を取得できるようになってきています。そこで本記事では、医療業界においてセンシングがどのように活用されているのかを紹介します。ヘルスケア分野におけるDXに関心のある方はぜひ参考にしてください。
医療業界における「センシング」とは
センシングとはそもそも、センサー機器によって対象の何らかの情報を取得することを意味します。医療業界においては、X線放射、CT、MRIなどの検査方法を通じて、肉眼や外見からは捉えられない人体の情報を可視化・数値化するためにセンシングが活用されています。
患者の健康情報のどのような側面を知りたいかによって、活用されるセンサーの種類や、情報収集すべき対象は変わります。以下では、ヘルスケアにおけるセンシングを「生体情報センシング」と「行動情報センシング」の2種類に大別し、それぞれにおいてどのような情報が取得されるのかを解説します。
生体情報センシング
生体情報センシングの対象としては、心拍数、脳波、酸素飽和度、体温、血圧、血糖値などが挙げられます。これらの情報は一般にバイタルデータとも呼ばれます。たとえば昏睡状態の患者から取得することも可能であるため、後述の行動情報センシングとの比較においては、患者の静態的な健康状態を取得する行為と言えるでしょう。
行動情報センシング
行動情報センシングはその名の通り、患者がどのように行動をしているかを可視化の対象とします。行動情報の代表例としては、姿勢、動作、位置や移動軌跡の情報などが挙げられます。行動情報センシングは、患者の日常生活における行動(たとえば運動習慣など)を可視化することを目的に実施されます。これらの情報を取得するための技術としては、加速度センサーやGPSなどが用いられます。行動情報センシングは、患者の動作など動きの変化を追うことが重要になるため、バイタルデータと比較して、患者の動態的なデータを取得するための取り組みと言えるでしょう。
昨今注目を集める「ヘルスケアDX」推進の概要
今日ではセンサー技術はもちろん、機械の小型化や通信技術の発展、とりわけAIやIoTといった新技術の成長に伴って、ヘルスケアに役立つデータの取得が質・量ともに大きく向上しています。
たとえば、ウェアラブルデバイスとして普及しつつあるスマートウォッチの中には、歩数や心拍数、体温、血圧などを計測して、ユーザーの健康管理やスポーツの記録管理などに活用できる機種が存在します。つまり、従来なら病院に行って検査したり、大掛かりな機械や手間を使って計測したりしていた患者の生体情報が、ICTの発展によって容易に取得できるようになりつつあるのです。
患者の健康状態をより多く、より優れた方法で情報収集できるようになることは、患者の健康に対する医師の理解を助けます。また、スマートウォッチの例に見られるように、日常的に患者の健康情報を取得できるセンサー技術が普及することで、ヘルスケアは日常生活の中により浸透していくことでしょう。医師は患者の日常的な行動情報などを確認して生活習慣や行動習慣を参照し、生活習慣病などの予防に役立てられるのです。
このような医療運用の仕方は、病院という場所に縛られた従来のヘルスケアとは一線を画しており、「ヘルスケアDX」と呼称されます。ビジネス界においてDX(デジタルトランスフォーメーション)とは、最新のICT技術やそこから取得される多種多様なビックデータの活用を通してビジネスモデルを変革していくことを指します。ヘルスケアDXもまた、ICTの活用により従来では難しかった患者の健康データを取得できるようになることで可能となる、医療モデルの大きな変革であると言えます。
近年では、新型コロナウイルスの影響により、感染症予防の観点から通院そのものが困難になるような状況も出てきました。このような状況に対応するために、ビデオ通話などを使って遠隔診療に取り組む病院も出現しています。こうした工夫もまた、ICT技術を使って従来とは異なる医療サービスを提供するヘルスケアDXの一例と言えます。
我が国においては医師の人手不足が指摘される一方で、急速な少子高齢化による患者増が懸念されています。医師が少ない中で急増する高齢者患者のケアをするには、病院単位ではなく地域単位で取り組む地域医療の拡大や、そもそも病気にかからせない予防医療が非常に重要です。こうした背景から考えても、地域間での情報共有を可能にしたり、患者の日常的な健康情報を把握したりするのに役立つICTの活用が今後非常に重要になってきているのは明らかです。
医療ペースメーカーに活用されるセンシング技術
先にウェアラブルデバイスの例を出しましたが、体表に身に付ける形のウェアラブルデバイスを超えて、体に機械を植え込んでセンシングする技術もあります。それが問題を抱えた患者の心臓の動きを補助する医療機器「ペースメーカー」です。
ペースメーカーの基本的な仕組みは、患者の心臓が生み出す電気信号をモニター(センシング)し、心拍が遅くなっていることを検知した場合に心臓へ微弱な電気刺激を与えて、心拍のペースを問題のない範囲に調整するというものです。
完全植え込み型のペースメーカーは、1960年代には既に開発されています。その後、ペースメーカーの性能は向上し、現在では患者の状態に合わせてさまざまな種類を選択可能であったり、患者の体の動きや呼吸数、心電図上の変化などを詳細にセンシングしたりすることで、より正常に近い心臓のリズムを作り出すことが可能になっています。このように、センシング技術は患者の生活と命を守る重要な場面においても活用されているのです。
医療から日常生活へ応用可能な「スマートセンシング」
先述したように、現在では電子機械の小型化や、機械にインターネット接続機能を搭載するIoT技術の進歩により、ウェアラブルデバイスなどを通して患者の健康情報を収集する「スマートセンシング」が重要になりつつあります。
スマートセンサーは、病気の早期発見や生活習慣病の管理・予防、あるいは在宅治療中の患者の継続的なモニタリングなど、ヘルスケアに関連するいくつかの課題に対して新しいソリューションを提供しつつあります。以下では、こうしたスマートセンシングがどのように活用できるかを見ていきます。
行動・生体情報センシングによる生活支援
スマートセンサーは、患者の行動情報や生体情報をセンシングし、患者の生活支援を行えます。今日では核家族化の進行や独身世帯の増加により、一人暮らし中の高齢者の見守りやサポートを如何にするかが社会的課題になっています。
この点、スマートセンシングを活用して、患者の生理状態や行動状況をモニタリングすることは非常に有用です。たとえば、患者の各種バイタルデータと、いつ飲食や排せつをしたかなどの行動データをセンシングすれば、熱中症の兆候などを素早く察知し、アプリなどを通して患者に水分を取ることを促せるようになります。
温熱的快適環境センシングによる生活支援
人の健康状態を良好に保つためには、外部環境を快適に調整することも必要です。温熱的快適環境センシングを活用すれば、生体情報、行動情報、環境情報、位置情報などをモニターし、患者個々人が快適と感じる状態を特定することで、エアコンや空調などを調整して環境が快適な状態になるように自動調整することが可能です。これをオフィス空間などに活用すれば、労働環境の改善や生産性の向上にもつながることが期待できます。
まとめ
医療業界におけるセンシングとは、センサー技術を用いて患者の健康状態を可視化することです。現在では機械の小型化やIoT技術の発展に伴い、日常的に患者の健康情報を収集できるスマートセンシング技術も発達しつつあります。スマートセンシングを活用することで、日常レベルで患者をケアするヘルスケアDXを実現できます。