日本の医療業界は、慢性的な人手不足に悩まされている一方で、少子高齢化による患者増が進むなど厳しい状況に置かれています。こうした状況を改善するための施策として期待されているのが、人工知能(AI)を活用した業務効率化です。そこで本記事では、医療業界におけるAIの機械学習の活用事例をご紹介します。
日本の医療現場の課題とは
社会のさまざまな分野で活用が進むAI技術ですが、その中でも今後特に活用が期待されている領域が「医療」です。この理由には医療現場を取り巻く課題が関係しています。
第一に、医療現場は慢性的な人手不足に悩まされ、それに伴う医師の時間外労働も大きな問題になっています。人命を扱う医師は、本来ならば万全の態勢で患者を受け入れられるように適切に勤怠状況が管理されねばなりません。しかし専門的な知識や難易度の高い国家資格が必要な医師を、そう簡単に補充できないのが実情です。
さらに少子高齢化が深刻化している日本では、医師を含めた労働力人口の減少が進む一方、治療や介護が必要な高齢者層の増加で患者数が増加しています。こうした状況に対応するために、AIの機械学習を利用した業務効率化が求められているのです。
医療業界のAI/機械学習活用で可能になること
では、医療現場のどのような場面や業務でAI/機械学習が活用できるのでしょうか。ここでは、具体的な活用方法についていくつか挙げます。
診断支援と最適化
まず、医療現場でサポートできることは診断支援と最適化です。通常、医師は患者の過去のカルテと、主訴や各検査結果を照らし合わせて疾患を特定します。しかし、患者の高齢化などが原因で病歴が長くなるにつれ、参照すべき記録は膨大になるため、短い時間でカルテの全てをチェックし導き出すことが困難なのです。
そこで、医療用AIに膨大な患者のカルテ記録を機械学習させて解析することで、そこから予測される疾患などをAIによって特定することが可能となります。最終的な診断を下すのは人間の医師ですが、こうした「ヒント」が医師による見落としを防いだり、診断業務を効率化させたりできるのは確実でしょう。もちろんこうしたAIのサポートによって診断の質が向上したり、診断時間が短くなったりするのは、患者にとっても有益であるといえます。
バックオフィス業務最適化
病院の受付や会計といった医療現場におけるバックオフィス業務を効率化ないし最適化させるのにも役立ちます。こうした医療事務にはレセプトの入力やチェックといったかたちで医師も関与しており、それが患者の診療という本来のコア業務を阻害している側面があります。
このような場面では医療AIやRPAといったICT技術を活用することで、定型的なデスクワークの自動化や効率化を図り、事務作業の負担を大幅に減らすことができます。AIによる高速な事務処理が実現すれば、受付での待ち時間の短縮なども可能となり、患者にとってもより良いサービスを受けられることにつながります。
データ解析が可能
医療業界におけるさまざまなデータをAIに解析させることで、課題改善のために役立つ情報を得ることが可能です。例えば、医師や看護師などの職員の勤怠データを解析すれば、自分の病院の業務量を可視化できるでしょう。その結果、医師が過度の時間外労働をしていたら改善を施したり、過労などにならないようにケアしたりすることができます。
また、手術室の利用率や外来の待ち時間などを解析することによって、医療施設の効率的な利用や医療サービスの改善などに役立てられるかもしれません。もちろん、先に挙げたカルテ解析もAIによるデータ解析の一種です。このように、AIのデータ解析を軸にして課題把握と改善のPDCAサイクルを回していくことで、医療サービスの総合的な向上が期待できます。
創薬や研究開発につながる
AIの活用は今ある業務の効率化や精度を上げることだけでなく、新たな薬や研究・開発を手助けする役割もあります。一例を挙げると、大日本住友製薬株式会社と英国のExscientia Ltd.は2020年、共同研究にてAIを活用し創製した「DSP-1181」の第1相試験を始めたと発表しました。
これらの創薬のためには薬効のある化学物質の組み合わせを特定するために無数のパターンを試す必要があります。AI技術を活用すれば、膨大な作業量を効率よく進めることができるのです。医療業界、そして患者にとっても治療に効果的な新薬の登場が期待できます。
同様のことは、ヒトゲノムの解析にも当てはまります。東京大学医科学研究所は日立製作所の協力のもと、AI搭載のスーパーコンピューターを利用しヒトゲノムの解析を行いました。その結果、ヒトゲノムの解析に要する時間は従来と比べて約80%も短縮できたと発表しています。
また、医療機器の開発にもAI技術は取り入れられています。例えば、患者にとってもなじみの深い聴診器にAI技術が取り入れられれば、患者の呼吸音などの異常を敏感に察知して、疾患などを早期に発見することが可能です。
創薬やゲノム研究、医療機器の開発も、最終的には患者の健康や生命に結びつく重要な取り組みです。たとえばヒトゲノムの解析は、がんの早期発見や早期治療に寄与する可能性があると言われています。このようにAIが活用できる範囲は医療現場だけでなく、その周辺領域にも及んでいるのです。
画像診断による早期発見
AIの画像処理能力を活用することで、CTやMRI、レントゲン写真などを利用した画像診断の精度が向上することも期待できます。そしてこのようなAIによる画像診断は、医療現場におけるAI活用の最たる例であり、現実に既に実現されている技術です。
AIは人間が目視するのでは見逃してしまいかねない微細な異常も敏感に感知することができます。AIの画像認識機能は企業の製造現場でも不良品のチェックなどに活用されており、医療現場においては微細な病変などを早期発見するのに役立てられています。
画像から異常を発見し、病気を特定するには本来、医師の熟練の技能が必要であり、どうしても診断の精度には属人的な要素が含まれてしまうケースがあります。しかしAIによる画像診断の高精度化や普及がさらに進めば、どの病院に行っても高精度な画像診断を受けて、病気の早期発見・治療することが望めます。つまり、AIの活用は地域性による医療格差を是正し、医療業界全体のサービス水準を底上げすることにもつながるのです。
医療業界のAI/機械学習の導入事例
最後に医療におけるAI/機械学習の具体的な導入事例として、理化学研究所と国立がん研究センターの共同研究によって早期治療の貢献に至った例について紹介します。
両者の専門家を交えた研究チームは、早期の診断が難しい胃がんの発見についてディープラーニング(深層学習)から自動検出する試みを進めました。通常、AIによる画像診断を可能とするためには、最高で数百万枚もの画像を用意し機械学習させる必要があります。しかし早期胃がんの学習データを収集することは困難であったため、少ない学習画像からデータ拡張する技術などを用いて、画像数を36万枚まで増やすことに成功しました。
これらの画像を機械学習させた結果、陽性的中率(実際にがんであり、コンピュータもがんと診断した割合)は93.4%、陰性的中率(実際に正常な状態で、コンピュータも正常と診断した割合)は83.6%と高確率で、さらに早期胃がんやその領域の高精度な検出に成功したのです。今後この仕組みが医療の現場で活用されることとなれば、早期治療の発展に寄与できるとみられています。
まとめ
少子高齢化や人手不足が進む日本において、AIの導入・活用は待ったなしの状況となっています。医療業界も例外ではなく、医師の人手不足や地域の医療格差を是正するにはAI技術が必要です。AIの活用は診療業務、バックオフィス業務といった日常の業務における効率化のみならず、創薬や研究開発など医療の発展にもつながるのです。