近年、企業を取り巻くIT化や情報化の流れはとどまることがありません。店舗を持つ小売業者にとっても、抱える課題を解決するには、ITを上手く導入していくことが必須です。そこでこの記事では、ITを活用した業務の効率化やマーケティング戦略、ITを取り入れた経営術などを、具体例を踏まえて詳しく解説します。
小売業界がITを活用すべき理由
国内の小売業界は大きな不況とまではいかないものの、少子高齢化や増税などで、先行きが不透明な状況に置かれています。また業界自体の市場規模はともかく、その業態は時代と共に大きく変化してきています。かつての百貨店からスーパーマーケット、家電や医薬品といった専門店の台頭や、近年ではコンビニエンスストアが浸透、ネット販売も確実に生活の一部に定着しました。しかしここ数年では、業態や売上規模にかかわらず、ITやデジタルへの対応が不可欠なものとなっています。今や小さな店舗でも、キャッシュレスの導入は当たり前になりつつあります。
ここでは現在の小売業界がITを活用すべき理由について、まずは業界が抱える課題や、解決できる問題点について整理しましょう。
店舗を取り巻く環境要因
小売業が抱える課題には、大きく分けて店舗を取り巻く環境要因と店舗内での経営問題の2つがあります。
まず環境要因として挙げられるのが、国内市場の縮小です。小売業の国内市場規模は、現状では頭打ち状態が続いているものの、今後は総人口の減少にともない、顧客数も減っていくと予想されます。小さくなるパイを業者間で取り合うことになるので、自然と競争も激しくなります。そうした中では、他店が行っているITサービスや、ITを活用した経営改善などで遅れをとるのは大きなマイナス材料となるでしょう。
また高齢化が進むとは言っても、現役時代にIT機器に馴染んだ世代も増えています。かつてのお年寄りとは異なり、デジタル対応をしていくことがプラスに働くケースも増えるでしょう。
反面、少子高齢化による現役人口の減少は人手不足を生み、すでに社会問題にもなっています。小売業界は接客業務も多いため、人材の質の低下はすぐに店舗の収益に関係してきます。また採用のために条件を上げると人件費がかさんでしまいます。
店舗内での経営問題
次に、店舗の中の問題に触れてみましょう。店舗で大きく警戒する必要があるのが万引きです。特に最近は高齢者の万引き事案が目立つようになってきました。これも高齢化の影響を考えると無視はできず、防犯のための工夫が必要になってきます。
また小売業で重要なのは、在庫管理と回転です。在庫が増えすぎると無駄が出ます。少なすぎても販売のチャンスを逃します。こうした管理を適正に行い、かつ余計な時間をかけないためにはITを活用するのが必須です。
一方、回転や売上に影響を与えるもっとも残念な事態が、レジに列ができてしまうことです。並ぶ時間が長いと顧客に不満を与えますし、列を見て買うのをやめる人が出たら販売機会を失います。また先述のように人材獲得が難しくなると、接客の質を保つことにも苦労します。
そうした課題をクリアするには、タブレットなどを活用し、誰でも一定の質のサービスを提供できるようにする営業支援が望まれます。さらに一歩進めて、AIを搭載した接客ロボットや、タッチパネルで商品説明を行うシステムなど、様々なIT活用が考えられます。
ITを活用した業務効率化への取り組み
次に、バックオフィスなどの効率化について見てみましょう。事務や営業、会議などにもITは大きな効力を発揮します。
会議の効率を高める
日本の会議が非効率であるというのは、よく指摘される課題と言えます。会議を開くためには、メンバーの移動や会議室の使用にかかる直接的な経費のほか、資料の準備にかかる時間や印刷代など、気づきにくい経費も発生します。こうした課題を解決する方法の1つが会議のIT化です。まず出席者が遠隔地にいる場合はビデオ会議を開催し、移動の時間や経費を削減します。また会議資料はノートPCやタブレット端末で閲覧すれば、紙の使用にかかるコストも削減できます。資料がデータ化されていれば、過去の資料もすぐに検索して閲覧できます。
営業の効率を高める
営業もまた、移動や商談のために時間や経費がかかる業務です。しかも受注につながらなければ無駄になりますし、進行中の案件であれば、可能な限り時間や回数を減らしたいものです。特に小売業で扱う商品が多い場合、紙では全ての情報を持ち歩くことは困難です。また出先での在庫確認なども迅速に行うことが求められます。こうした事情から、商品情報や在庫などは全てデータ化し、タブレットなどで即時検索ができるようにしておく必要があります。
情報共有の効率を高める
日々の業務で複数の部署やメンバーが関与する場合、情報共有を行うことは必須です。こまめな打ち合わせの日時を調整するのにもIT活用は不可欠でしょう。しかし普段から顔を合わせる環境であれば良いのですが、そうでない場合は、オンラインを使って情報を共有することになります。
こうしたときによく使われるのが電子メールですが、メールはこれまでの履歴をたどるのに苦労する、同じ情報を複数に送る場合にCCを入れる必要があるなどの難点があります。社内で情報共有をする場合は、やり取りの手間を減らせる社内SNSのチャット機能やグループ機能などを使う方がメリットがあります。
事務の効率を高める
事務と一口に言ってもその範囲は極めて広く、あらゆる局面でITが役立ちます。例えばスタッフのシフトを組む場合、紙で管理していたのでは変更が入ったときに修正するのが大変です。シフト自体はパソコンで管理していても、各担当者が変更をすぐに反映させなかったり、確認を怠ったりしていると、手間や時間がかかってしまいます。そこで誰でもスマートフォンなどから確認、修正できるようにして、定期的に確認の案内を出すようにすれば、シフトの抜けや漏れが改善され、変更の反映も容易にできます。
なお、これは情報共有にもつながることですが、大事なデータは特定の個人のパソコンには入れず、サーバや共通の業務システムに入れて、いつでも誰でも見られるようにしておくことが大切です。あわせて、関係者以外には見られないよう、厳重にセキュリティをかけておきましょう。
ITを活用した小売業界のマーケティング戦略
ITは直接的な業務のためだけにあるのではありません。売上を伸ばすためのマーケティングの武器としても使えます。ここでは、ITを活用したデジタルマーケティングについて見ていきましょう。
デジタルマーケティングで売れる仕組みを作ろう
マーケティングとは、ブランドや商品の価値を市場に伝達し、併せて市場の声も聞き、あえて営業せずとも売れる仕組みを作ることを言います。従来、この実行のためにはコストをかけて広告を打ち、また市場調査などにも人件費を投じる必要がありました。しかしデジタル化により、低コストで確実性の高い施策を実行することが可能になったのです。
これをデジタルマーケティングといい、企業の公式サイトをはじめ、ブログ、メール、SNS、アプリ、ポイントカードなど、数多くの種類のチャネルを通じて、情報やデータを活用していく手法を指します。デジタルマーケティングはスマートフォンの普及に合わせて、その効力が高まってきました。
集客のためのマーケティング手法
SEO
従来から最も重要で王道であるとされるのがSEO(検索エンジン最適化)です。ユーザーが検索したキーワードに合わせて出てくる候補の中の、できるだけ上位に自社のサイトを表示させることで、そこからの流入アクセスを求める施策です。ページの中に適切なキーワードがあり、ユーザーが求める情報がしっかりと提供されていることが条件です。
ソーシャルメディア
たとえばSNSで公式アカウントを作り、そこでフォロワーを集めてWEBサイトやキャンペーンサイトに誘導します。顧客や見込み客とコミュニケーションを取ることで親近感を与えることがポイントです。
オウンドメディア
会社やブランドが持っている知識や経験、ノウハウや最新情報などを公開し、コンテンツとしての面白さで閲覧者を集めるWEBメディアです。その中に商品やサービスの紹介記事、問い合わせや資料のダウンロードリンクなどを入れて、実際の購入につなげます。
リスティング広告、SNS広告
SEOは検索結果の中の上位表示を目指す方法ですが、リスティング広告は検索結果の中に固定されたスペースが用意してある、広告枠の中に自社のサイトを表示させる手法です。キーワードごとにオークション方式で値段が決まります。同じようにSNSの投稿に混ぜて広告を表示させるのがSNS広告です。
コンタクトのためのマーケティング手法
LPO
広告などから飛ばすリンク先として設定するのがランディングページです。目的は商品の購入や問い合わせ、資料請求などにつなげることです。その確率を高めていくのがLPO(ランディングページ最適化)で、最初の画面で強く引きつけ、次に信頼性や好感を与え、最後に望む行動を実行するよう誘導します。
EFO
ランディングページをはじめ、サイトに備わっている入力フォームやカートなどから離脱していく人を減らす対処をするのがEFO(エントリーフォーム最適化)です。特にカートの場合、一旦商品を入れてくれたのに途中で離脱されたら損失になります。いかにユーザーにストレスを与えないかがポイントです。
Webチャット
サイト上でユーザーとリアルタイムにチャットを行い、あたかも実店舗の接客のようにコミュニケーションを図る手法です。
再訪問のためのマーケティング手法
メールマーケティング
資料請求や購買履歴のある人にメルマガやステップメールを送り、WEBサイトやキャンペーンサイトにアクセスを促す手法です。単なる案内ではなく、受け手側にとって有益な情報が載っていることが重要です。可能であれば、その人の特性にあった内容にカスタマイズして送ります。
リターゲティング広告
これまで訪問したWEBサイトの情報を元に、それに関連付けて広告を配信するのがリターゲティング広告です。以前に自社のサイトを訪れた人の画面に、関連したサイトやサービスの広告が出現するので、再訪問が期待できます。
IT経営を進めるには
業務の効率化やマーケティングに有益なITですが、実際に導入するには不安があるかもしれません。しかし小売業界において、IT経営はもはや進めるしか選択肢がないと言えるでしょう。最後に、担当者の方がもつ疑問や不安のタイプごとにIT化の進め方や期待できる効果を紹介します。
ITは経営とは関係ないのでは?
経営は直感による決断が大事で、ITとは無関係だと考えるタイプの場合、IT化に後ろ向きになってしまうかもしれません。しかし経営は他社との競争であり、環境への対応です。常に最新の経営状態を把握し、最善の手を打つことが求められます。そのために経営に関することもデータ化し、自在に分析できるようにしておくことです。国が進めているIT化やキャッシュレスの政策、年々スマートフォンの普及が進む市場を見れば、ITが経営と関係ないとは言えないでしょう。また先述のように、ビデオ会議や資料の共有といったIT化は、そのまま経営の効率化にもつながります。
どこから手をつけたらいい?
何から始めれば良いのか分からないタイプの場合、もっとも効果を見込める部分から着手するようにしましょう。そのためには、まず、自社で問題になっているのは何かを探すようにしましょう。自社の強みと弱み、目指す姿やビジョンを明確にして、それとのギャップを認識します。そうして出てきた課題を元に、それがITでどのように解決できるのかを考えます。
投資効果が見えないのでは?
IT化しても儲けは増えないのでは?という疑問については、IT化をしなかった場合と、IT化を実行した場合の未来予測を作って比較し、その差から考えます。ここでのポイントは、コスト削減だけではなく、新しく生まれる利益についても計算することです。ITを導入するためのコストも忘れないようにしましょう。収益増はコストの削減や効率化だけでは限界があります。「儲ける」ストーリーもしっかり描いてください。
IT知識を持った人材がいない
IT人材の不足は日本全体の問題です。ここまで紹介してきた「どこから手をつけるか?」「投資効果は?」といった疑問も、人材がいなければ判断できません。社内にITに詳しい人材がいなければ、外部の研修などを活用して育成するか、新しく人を雇用するか、あるいはIT系のコンサルタントに相談しても良いでしょう。いずれにしても、日常的に相談や依頼のできるIT人材を確保しておくことが、今後のために必要です。
IT化はお金がかかるから乗り気になれない
目の前のコストにばかりこだわるのは、長い目で見て得策とは言えません。IT化は日々進行しており、1年経てば状況が大きく変わってしまうこともあるほど、変化の早い分野です。初期投資をできる限り抑えたいなら、クラウドサービスを活用する手もあります。その多くは無料や、有料であっても規模が小さければ非常に安い価格で利用できます。
まとめ
業界にかかわらず、店舗でもバックオフィスの業務においても、IT化の必要性が高まっています。目まぐるしく進むIT化のスピードは、小売業にとっても例外ではありません。むしろ小売業こそ、IT化による伸び代があると言えるでしょう。人材の育成や確保も含め、ぜひこの流れに乗り遅れないようにしてください。
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