本記事では、ノルウェー・オスロ市が所有する地下鉄運行会社Sporveien社において、設備管理でIoT(Internet of Things)を活用した事例を紹介します。
設備管理にIoT活用
幅広い分野での活用が見られるIoTは、廉価なセンサーによってあらゆる情報をリアルタイムに収集する基盤が整い、以前では考えられないほどの情報量を取得できるようになりました。さまざまな領域でこの恩恵が受けられており、代表的な分野が設備管理です。
つまり、設備にセンサーを取り付けてインターネットでその情報を収集し、IoT化することによって保全計画の最適化や故障・障害予知などを行い、「止まらない設備」を生み出すことが最大の目的です。
しかしながら、設備にまつまる情報は今までSCADA(Supervisory Control And Data Acquisition)やDCS(Differential scanning calorimetry)などから入手することが可能であり、設備に数値が閾値に達するとアラームを発するといったレベルの設備管理は、何年も前から実施されています。
では、IoTによって現状の何が変わったのでしょうか?
それは設備管理の能率化に留まらない、「業務システムとの連携による企業経営の最適化」です。特に、資産集約型ビジネスにおいては設備や機器の稼働率が収益に直接つながることから、ほんの少しの稼働停止が大きく経営に影響を与えます。そこにIoTを活用することで、設備の異常状態を事前に検知し、不具合の予測を行い、早急に対策を取ることで設備のダウンタイムを最小限に留めて損失を回避できるわけです。
Sporveien社の事例
それでは話を戻して鉄道会社の事例をご紹介しましょう。
地下鉄運行会社であるSporveien社は115の車両を保有しており、そのうち実際に稼働しているのは92車両です。1車両ごとにドアが6つあるので、車両の運行時間中は552ものドアが駅に停車するたびに開閉を繰り返しています。これらのドアのうち、いずれか1つにでも不具合が発生すれば運行スケジュール全体に影響が生じるため、常に万全な状態を期さなければいけません。また、車両が老朽化するにつれてメンテナンス負担も増えます。これはノルウェーのみならずどの国の鉄道会社でも同じ要件です。
IoTを導入する以前のSporveien社においては、各車両に専用のコンピューターと各種センサーが搭載されており、約3,000のポイントの状態がリアルタイムで管理されていました。ドア1つ取っても25ポイントもの情報が監視されており、コンピューターはいずれからのポイントで不具合を感知すると、その状態をスナップショットとして記録します。
何らかの形で不具合の報告もしくは定期診断になると、整備士は手元にあるポータブルコンピューターをネットワークケーブル経由で車両に搭載されたコンピューターに接続し、そこにある情報を読み取って不具合分析を行っていました。しかしながら、こうした人に依存した整備プロセスでは3,000ポイントの状態を処理することは非常に難しく、管理者・メンテナンスチーム・整備士の間のコミュニケーションでは情報漏れや共有遅延がたびたび発生します。不具合への対処に関しても、根本的な原因究明には至らず、その場しのぎの対応に留まっていたことが大きな問題です。その結果、同じ不具合が何度も発生し、車両稼働率を低下させていたのです。
そこでSporveien社が取り組んだのが、IoT活用による「ドア開閉時間をもとにした異常検知」です。車両ドアにはベアリング付きのレールが使われており、摩耗が進むと開閉に時間がかかります。まずはその時間を、IoTを駆使しリアルタイムに分析して異常を検知します。この異常検知をトリガーとして整備士は速やかにメンテナンスを行い、車両の稼働率改善を図ろうとしたわけです。
各車両にはWi-Fiが搭載され、車両ごとにユニークIDが付けられます。センサーが検知した不具合のスナップショットは社内のデータベースにアップロードされ、その中から特定の条件に適合したもののみがMicrosoft Azure(クラウドプラットフォーム)経由でIFS Applicationsに送信されます。Microsoft Azure上にあるEvent Hubsは、毎秒数百万のイベントをほぼリアルタイムで記録し、Stream Analyticsがそれらのデータを素早く分析します。
この時重要なのが、Stream Analyticsで設定する条件です。メンテナンスをタイムリーに実施するには適切な条件設定が必要であり、たとえば「同じドアで1日3回以上、スロークロージング(ドアの開閉に一定以上の時間がかかる)が起きた場合、メンテナンス指示を発行する」といったような条件です。この指示がIFS Applicationsに送信され、自動的に作業オーダーを作成し、メンテナンスチームはそれをもとにメンテナンススケジュールを作成します。
こうした環境を実現することで、異常個所が特定されるため必要な個所のみメンテナンスを実施でき、車両が停車する時間を削減できます。
IoTは鉄道会社にもたらすものとは?
前述したSporveien社の事例は、典型的なIoT活用例の1つです。設備管理におけるIoT活用は鉄道会社に限らず、製造業や建設業など幅広い分野で進められています。このため、鉄道会社においても車両の稼働率向上やメンテナンス負担の削減、メンテナンススケジュールの最適化などによるコスト削減も期待されています。しかしそれ以上に期待されているのが、「IoT活用による事故撲滅」です。
電車は乗客を多数乗せていることから、ちょっとした事故が命に係わります。日本でも車両不具合による事故は、少なくありません。たとえば2019年6月1日、無人運転車両である横浜シーサイドライン金沢シーサイドラインの新杉田駅にて、営業運転中だった2000系車両が乗降扱いを終え、ドアを閉めると同時に進行方向とは逆方向に暴走し、25m先の駅構内に設置された車止めに衝突し、乗客6人が骨折などの重傷負い、乗客17人が負傷するという事故が発生しました。
事故発生の原因は自動運転システムの電気系統か車両エラーとされ、調査を開始したところモーターの進行方向などの情報を伝達するケーブルが断線していたことが原因でした。1つ間違えば、乗客の命を奪いかねない事故です。
こうした車両トラブルによる事故は、実は毎年のように発生しています。中には乗員・乗客の命が奪われるような悲しい事故もあります。IoTは設備管理だけでなく、車両トラブルを事前に検知することでこのような事故を未然に防ぐことに繋がり、車両安全性の確保に貢献すると期待されています。安全性が向上すれば乗員・乗客ともにより安心して電車に乗ることができますし、会社の信頼性にも繋がります。
皆さんの会社では、どのようなIoT活用が可能でしょうか?この機会に、様々な事例を参考にしながらIoTの可能性について考えてみてください。