「ヒヤリハットはどんな事象を指すのだろう」
そんな疑問を持つ方に当記事ではヒヤリハットの概念や、業界別のヒヤリハットについて解説します。ヒヤリハットの防止策や報告書も解説しているので、ぜひ参考にしていただき、自社でのアクシデント防止に努めてください。
ヒヤリハットとは?その意味と重要性
ヒヤリハットはトラブルには至らなかったものの、一歩誤れば重大なトラブルに至っていた可能性がある事象を指す言葉です。
ヒヤリハットは企業や顧客にとってマイナスな出来事、またはマイナスになり得る出来事です。よって企業はヒヤリハットを防ぎ、重大なトラブルの可能性を低減していくことが求められます。
ヒヤリハットの定義と語源
ヒヤリハットの語源は「ヒヤリ」と肝を冷やし、「ハッ」とした出来事からきています。
ヒヤリハットの具体的な定義はありませんが、一歩間違えれば重大なトラブルにつながっていた出来事、と考えておきましょう。例として、日常におけるヒヤリハットは以下のようなことです。
- 青信号だと思って渡っていたら、車が進行してきた
- 作業フォークリフトが急転換し、作業員にぶつかりそうになった
- 子供が遊んでいたら、キッチンで火を触りそうになった
上記は一歩誤れば、大けがや死に至る可能性もある出来事だとお分かりいただけるでしょう。企業でも同様に、一歩誤れば社会的信頼の失墜や、顧客に重大な損失を与える可能性がある出来事がヒヤリハットです。
ヒヤリハットに直結するハインリッヒの法則
ハインリッヒの法則はアメリカで提唱された労働災害の経験則です。
ハインリッヒの法則は「1:29:300の法則」とも呼ばれます。これらの数字は「1件の重大事故の背後には29件の軽傷事故がある。さらにその背後には300件の無傷事故がある」ということを示しています。
因果応報という言葉があるように、結果には原因があるものです。ハインリッヒの法則は、因果応報を数値的に示したものと考えるとイメージしやすいでしょう。そして300件の無傷事故はヒヤリハットの出来事を示しています。
ハインリッヒの法則は「ヒヤリハットを放置すると、いつか重大な事故につながってしまう」という教訓を与えてくれている、とも解釈できるでしょう。
ヒヤリハットの報告書の書き方
当項ではヒヤリハット報告書に記載すべき内容と、記入時のポイントを解説します。
ヒヤリハットが業務中に発生したら報告書を作成すべきです。ヒヤリハットは「危なかった。一大事につながらなくてよかった」と感想を持つだけで終わらせるべきではありません。危険な出来事には原因があり、その原因を分析することが新たな被害や、本当に危険な出来事を生み出さないために重要だからです。
重大なトラブル発生を防ぐために、ヒヤリハット報告書の書き方を確認しておきましょう。
報告書に記載すべき内容
ヒヤリハット報告書に記載すべき内容として以下があります。
- 報告者、報告日
- 発見者(当事者)、発見日時、場所
- 事象内容
- 発生可能性のあった事故
- 発生原因
- 再発防止策
ヒヤリハット報告書には5W1Hを意識して、どのようなことが起こったのかを記載します。そして「もしヒヤリハットではなく、本当に重大なトラブルになっていた」場合はどのようなトラブルになり得たのか、を記載することも重要です。
重大なトラブルになり得るからこそ、ヒヤリハットとして扱われます。下記で解説するポイントを意識して、報告書を作成してください。
ヒヤリハット報告書を記入する際のポイント
ヒヤリハット報告書を記入する際のポイントとして、以下があります。- 5W1Hを意識して簡潔に書く
- 再発防止策は具体的に書く
- 間接的な原因にも目を向ける
- はっきりと覚えていないことはそのようにマークする
- 専門用語をできるだけ避ける
5W1Hを意識して簡潔に書く
ヒヤリハット報告書の作成時は5W1Hを意識しましょう。5W1Hは具体的には以下のとおりです。
- When(いつ):出来事が発生した日時
- Where(どこで):出来事が起きた場所
- Who(誰が):関与した人物や関係者
- What(何を):何が起きたのか
- Why(なぜ):なぜそのような状況になったのか
- How(どのように):出来事の詳細な流れ
報告書に記載すべき内容でも先述していますが、まず何があったのか、そしてどのような重大トラブルにつながる可能性があったのか、を整理しましょう。
再発防止策は具体的に書く
ヒヤリハット報告書には再発防止策を記入しますが、内容は具体的に書きましょう。抽象的な表現を避けることで、社内への共有の際に具体的なノウハウとして落とし込みやすくなります。
例えば「フォークリフトの運行経路が分かるようにする」ではなく「フォークリフトの運行経路には標識を設置する」とすることです。後者は「どのように分かるようにするのか」を具体的に述べています。
再発防止策を具体的にヒヤリハット報告書に記載して、重大事故を防ぐノウハウを増やしましょう。
間接的な原因にも目を向ける
ヒヤリハット報告書に発生原因を記載する際に、間接的な原因にも目を向けることが大切です。
間接的な原因が分かると、ヒヤリハットの背後にある従業員の不安や、設備の不備が見えてくることがあります。例えば報告書に記載した原因が「作業員の不注意により、対象物を見落とした状態で作業を進めようとした」ことだとしても、見落とした原因は「部屋が暗かったこと」が関連しているかもしれません。
些細なことでも気付いたことがあれば、ヒヤリハット報告書に記載しておきましょう。
はっきりと覚えていないことはそのようにマークする
ヒヤリハット報告書に記載する際に、はっきりと覚えていないことはそのようにマークをしておきましょう。
ヒヤリハット報告書には出来事の5W1Hを具体的に書くことが求められます。しかし、当事者は出来事の作業への集中やヒヤリハットによる焦りによって、思い出せないこともあるでしょう。思い出せなければ具体的に記載できません。
当事者以外でその場にいる人がいれば、一緒に報告書を作成してもらいましょう。1人で作業していた場合は「覚えていない」ことをマークしておき、正確ではない可能性を報告書で伝えるべきです。
専門用語をできるだけ避ける
ヒヤリハット報告書を記載する際に、専門用語をできるだけ避けて記載することで、社内全体への浸透がしやすくなります。
専門用語はチーム内のように、閉じた環境でしか伝わらない可能性があります。またITや医療の現場では専門用語が飛び交うことも多いでしょう。しかし、専門用語を避けることで、社内全体に内容が伝わりやすくなります。
ヒヤリハット報告書を作成する目的は、社内全体でヒヤリハットを防ぐためのノウハウを共有することです。不明点が多い報告書では、ノウハウとして活かしきれない可能性が高くなります。
ヒヤリハット報告書の例
以下はIT企業の開発担当者による作業時にヒヤリハットが発生したことを想定しています。
- 報告者:山田太郎(当事者の上司)
- 報告日:2024/06/24
- 当事者:伊藤花子
- 発見日時:2024/06/17 14:00ごろ
- 場所:サービスAの本番環境
- 事象内容:サービスAの開発環境にあるデータベースのバッチ適用を山田が伊藤に指示していたが、伊藤が本番環境のデータベースにパッチ適用しようとした
- 発生可能性のあった事故:本番環境のデータベース停止によるサービスAの提供の中止
- 発生原因:
○ 開発環境と本番環境で同じ手順書を利用すること
○ また画面内でどちらの環境であるか見分けがつきにくいこと - 再発防止策:
○ 画面内で環境の見分けがつきやすいよう、文字だけでなく色や背景の変更を行う
○ 手順書を見ながらの作業時でも、手順全体の把握をして不明点を解消してから進める意識をチーム内に浸透させる。不明点の解消ができたか、実施直前に作業担当者以外が確認する。
さまざまな業界で発生しているヒヤリハットの事例
ヒヤリハットはあらゆる業界で発生する可能性があります。各業界でのヒヤリハットの事例を確認してみましょう。
- 医療業界
- 保育現場
- 運送業界
- 介護業界
- メール送信時
医療業界におけるヒヤリハットの事例
医療業界におけるヒヤリハットの事例として以下があります。
- 薬剤の取り違え:患者Aに投与すべき薬剤を、誤って患者Bに投与しそうになったが、投与時に気付いて取りやめた
- 誤った診療記録の使用:別の患者の診療記録を参照して治療方針を決定しそうになったが、看護師が気付き誤りを防いだ
- 手術前のチェック漏れ:手術室に入る前に確認すべき項目を一部確認し忘れていたが、手術直前に発覚して再チェックをした
- アレルギー情報の見落とし:患者のアレルギー情報を確認せずに薬を処方しそうになったが、薬剤師が気付いて指摘した
- 注射針の誤使用:使用済みの注射針を再度使用しそうになったが、すぐに気付いて新しい針を使用した
- 検査結果の取り違え:血液検査の結果を別の患者のカルテに記録しそうになったが、確認作業中にミスを発見した
- 手術器具の置き忘れ:手術後に器具の数が合わないことに気付き、再確認した結果、室内に置き忘れる前に発見した
保育現場のヒヤリハットの事例
保育現場におけるヒヤリハットの事例として以下があります。
- 子供の見失い:園外活動中、1人の子供がトイレに行っている間にバスを出発しそうになったが、点呼時に発覚して見つけ出した
- 食物アレルギー対応ミス:アレルギーを持つ子供に誤ってアレルゲンを含むおやつを提供しそうになったが、保育士が直前で気付いた
- 玩具の誤使用:子供が小さい玩具を誤って口に入れそうになったが、保育士が迅速に対応して防止した
- 転倒事故:室内遊びの際に、子供が走り回って転倒しそうになったが、保育士が支えて防いだ。
- 外出時の交通事故危機:園外活動中に、子供が道路に飛び出しそうになったが、保育士が即座に手を引いて歩道に戻した
- 遊具の安全確認不足:園庭にある遊具の不具合に気付かずに、子供を遊ばせそうになったが、保育士が気付いて使用を中止した
運送業界のヒヤリハットの事例
運送業界におけるヒヤリハットの事例として以下があります。
- 荷物の積み下ろしミス:フォークリフトで荷物を下ろす際に、バランスを崩したが荷物が落ちることはなかった
- 道路標識の見落とし:高速道路の出口を見落としてしまい、急ブレーキをかけてしまった
- 車両メンテナンス不備:出発前の点検でブレーキの異常を見落としていたが、再点検で異常が発見され出発が遅れた
- 運転中の居眠り運転:長時間運転で居眠りしそうになったが、数分後に助手席の同僚と交代してことなきを得た
- 荷物の破損:貨物の固定が不十分で、走行中に荷崩れしそうになったが、早めに停車して固定し直した
- 荷物の配送先間違い:荷物を誤った住所に配送しそうになったが、配達前に送り状を再確認して誤りを防いだ
- 運転中の歩行者見落とし:死角のためトラックの運転席から歩行者が見えず、轢いてしまいそうになったが、周りの歩行者の反応に気付いてことなきを得た
介護業界のヒヤリハットの事例
介護業界におけるヒヤリハットの事例として以下があります。
- 薬の誤投与:利用者Aに処方された薬を、誤って利用者Bに投与しそうになったが、スタッフによる直前の確認で気付いた
- 転倒事故:利用者が立ち上がる際にバランスを崩し転倒しそうになったが、スタッフがすぐに支えて防いだ
- 誤った食事提供:食物アレルギーのある利用者に誤ってアレルゲンを含む食事を提供しそうになったが、スタッフが提供時に気付いた。
- 入浴介助中の事故:入浴中に利用者が滑りそうになったが、スタッフがすぐに対応し無事だった
- 徘徊防止対策ミス:認知症の利用者が施設外に出ようとしたが、スタッフがすぐに気付いて制止できた
- 食事誤嚥:食事中に利用者が誤嚥しそうになったが、近くで見守っていたスタッフが対応し、窒息を防いだ
- 車椅子のブレーキ不備:車椅子のブレーキに不備があるまま利用者を乗せていたが、別のスタッフが気が付きすぐに車椅子を交換した
メール送信時のヒヤリハットの事例
メール送信時のヒヤリハットの事例として以下があります。
- 機密情報の誤送信:機密情報を含むメールを、誤って社外の取引先に送信しそうになったが、送信直前に気付いて取り消した
- 添付ファイルミス:別のプロジェクトのファイルを添付していたが、送信前に確認して正しいファイルに差し替えた
- 宛先の誤り:社内メールを送るつもりが、誤って全社員に送信しそうになったが、メールソフトの警告で気付いた
- CCとBCCの間違い:複数の顧客にメールを送信する際、BCCを使わずに全ての宛先をCCに入れそうになったが、同僚が指摘して修正した
メールのヒヤリハットはIT業界のみならず、メールを利用する業界であれば起こり得ます。また電子メールでなくとも、郵便やFAXでも同様のヒヤリハットが起こる可能性があるでしょう。「自社には関係ない」と思わずに、メールや外部とのやりとりが発生する際には十分に注意してください。
ヒヤリハットを再発防止につなげるためにできること
ヒヤリハットを再発防止につなげるためにできることとして、以下があります。
- 「ヒヤリハットだったから」と軽視するのはNG
- 原因究明に努める
- 社内に共有する
- 管理職が自らヒヤリハットを報告する
- ヒヤリハットを責めず報告した勇気を讃える
「ヒヤリハットだったから」と軽視するのはNG
「ヒヤリハットで済んだから」と軽視することはやめましょう。
ヒヤリハットで済んだ、ということは重大なトラブルが発生してしまった可能性もあります。「なぜそうならずに済んだのか」のようにポジティブな振り返りや「同じヒヤリハットを防ぐためにはどうするか」と再発防止に向けた振り返りをしましょう。
ヒヤリハットは企業にとってよくないことですが、ポジティブに捉えれば、重大トラブルを起こさずに、再発防止策や従業員への意識改革につなげられるチャンスです。
「ヒヤリハットだから」と軽視するのではなく、せっかくの機会だと考えて報告書の作成に当たりましょう。再発防止策の発見や従業員の意識向上につながれば、ヒヤリハットを上手に活用できたといえます。
原因究明に努める
ヒヤリハットが発生した場合は、原因究明に努めましょう。
ヒヤリハットが起こってしまった原因があります。同じ原因で大きなトラブルにつながらないように、ヒヤリハット時点で原因を究明しておくべきです。特に機械の故障や手順が古くて合わないといった根本的な原因が見つかった場合には、早い時点で解消できるようにしましょう。
また間接的な原因も、解消できるものは解消すべきです。例として部屋の明るさが不十分なケースや、パソコンのCPUやメモリが圧迫されて挙動に影響が出てしまうケースなどが考えらえます。
原因究明に努めることこそが、ヒヤリハットにおける報告書作成の肝です。
社内に共有する
ヒヤリハットが発生したら、社内での共有を忘れずに行いましょう。
ヒヤリハットは発生して、報告書を作成したら終わり、ではありません。報告書を作成し、共有して社内全体で再発防止に努めることが重要です。企業単位で同じヒヤリハットが起こらないように、共有を行いましょう。
ヒヤリハット報告書の内容を見た他部署が、自部署に置き換えてケーススタディを行うことも有効です。社内に共有することで、従業員の再発防止意識を向上させるさまざまな取り組みにつながります。
ヒヤリハット報告書は、社内全体で共有する前提で作成しましょう。
管理職が自らヒヤリハットを報告する
管理職が自らヒヤリハットを報告することで、社内にヒヤリハットを報告すべき、という意識が醸成されます。
ヒヤリハットは報告、共有すべきですが、隠したくなってしまうものです。従業員は報告することで「なぜそんなことをしたんだ」と責められてしまう事態を考えると報告しなくなります。
しかし、隠したままではヒヤリハットの再発防止にはつながりません。管理職が自分が起こしたヒヤリハットを報告することで、部下の従業員は「私もやるべきだ」と考えてもらいやすくなります。
ヒヤリハットを報告しやすい雰囲気をつくるために、管理者が先導しましょう。
ヒヤリハットを責めず報告した勇気を讃える
ヒヤリハットを報告された場合は、責めずに報告した勇気を讃えることを意識しましょう。
先述したように、ヒヤリハットを起こしてしまった場合は隠したくなるものです。しかし、企業はヒヤリハット報告書を作成してもらい、再発防止につなげる必要があります。そのために報告してもらいやすい雰囲気をつくれるよう、ヒヤリハットを起こしたこと事態を責めることはやめましょう。
ヒヤリハット報告書を作成してもらう目的は犯人探しではありません。ヒヤリハット報告書を踏まえてルールやシステムに問題がないかを確認する機会にしましょう。報告者や当事者を責めることはやめるべきです。
まとめ
ヒヤリハットが一歩誤ればトラブルになり、自社の信頼失墜や顧客への悪影響の可能性があります。ヒヤリハットで済んでいるうちに、原因を究明し再発防止に努めましょう。
ヒヤリハットの原因究明の結果、システムが古い、現状に対応できていないケースも見受けられるかもしれません。その場合は社内のDXを進め、業務プロセス自体を変更し、原因を根本的に解決することも検討すべきです。