テクノロジーの進化によって、新しい製品やサービス、概念が生まれ、製造業のあり方も変化しています。そのような中で、現場の課題を解決する手段として新たに注目を集めているのが既存のビジネスを変革する「デジタルトランスフォーメーション」です。国内外においてどのような取り組みを行なっているのか、事例も含めてご紹介します。
デジタルトランスフォーメーションとは?
デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation・DX)は、経済産業省のガイドラインで「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」と定義されています。
日本語では「デジタル変革」と訳されることもあります。わかりやすく言うと「デジタル化で、既存のビジネスのしくみを変えること。それによって新たな価値を生み出し収益を上げること。」を指しています。
デジタルトランスフォーメーションの取り組み
ではデジタルトランスフォーメーションとは具体的にどのような取り組みを指しているのでしょうか。
大きく分けて、「ビジネスの仕組みを変えること(ビジネスモデルの変革)」と「新しいビジネスを生み出すこと(新規ビジネスの創出)」が挙げられます。
そのためにはITシステムの最適化が不可欠です。最適化の実現には既存システムの維持管理だけではなく、長期的な視点で戦略的なIT投資に資金・人材を振り向けることが重要です。しかし現在は多くの企業がIT関連費用のほとんどを現行システムの維持管理に充てていることが課題です。
経済産業省では「2025年の崖」というキーワードで警鐘を鳴らしています。これは老朽化・複雑化・ブラックボックス化したシステムが残存することでデジタルトランスフォーメーションの足かせになってしまい、将来的に多額の損失を生む恐れがあることを指摘したものです。
デジタルトランスフォーメーションの事例
デジタルトランスフォーメーションは2004年に提唱された概念であり、既に取り組みを進めている企業は多数あります。ここでは海外、日本それぞれの事例を紹介します。
海外におけるデジタルトランスフォーメーション
日本よりもデジタルトランスフォーメーションが先行している海外の例を紹介します。
Amazon
Amazonは多くの人が知っているように世界有数のECサイトで、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)と呼ばれるアメリカの代表的なIT企業のひとつです。同社では「地球上で最もお客様を大切にする企業を目指す」ことを企業理念に掲げており、デジタルトランスフォーメーションによってそれを実現しようとしています。
Amazonは従来の「店舗に足を運んで買い物をする」というアナログ的な行動を「オンラインで買い物をする」というデジタル化に置き換えることに成功しました。
デジタル化を進めるためには豊富な品揃えはもちろん、高度なAIによる最適なレコメンデーション機能、ワンクリックで購入できるシステム、商品がなくなりそうになったら自動発注するダッシュボタンのような新たな仕組みなどを次々と取り入れる必要があります。それによってユーザーの利便性を高めています。
さらにオンライン上の行動履歴をビックデータとして蓄積してAIで分析することで、ユーザーの行動を予測し、販売に生かしています。
Uber
日本では法律上の問題からUberはタクシー配車アプリという位置づけで捉えられがちですが、スタートはライドウェアと呼ばれる車を運転したい人と車に乗りたい人とを繋ぐマッチングサービスでした。
それまでの一般的なタクシー会社は、何台もの自動車を所有し、運転手を雇用してサービスを提供していました。一方Uberは自社では自動車も運転手も所有せず、スマホアプリを提供して全く新しい形で移動サービスを提供しています。従来のビジネスの仕組みを180度変えて、新しいビジネスモデルを生み出しました。
Uberではサービスはすべてアプリで完結しているため、ユーザーの一連の行動はすべてデータとして取得することが出来ます。それを分析することで、位置情報に基づく到着時刻表示をはじめ、エリア・時間による需要予測や配車の最適化を行っています。
Netflix
アメリカ発のオンライン動画サービスNetflixは、日本でも知名度が高いサービスの一つです。同社はもともとオンラインで映画のDVDをレンタルできるサービスを提供していましたが、インターネットの普及に伴い従来のビジネスモデルでは今後厳しいと判断、ビジネスの軸足を動画ストリーミング配信へと移行しました。
従来のレンタルビデオ・DVDでは「1作品ごとに料金を支払ってもらう」ビジネスモデルでしたが、同社は「月々定額制でコンテンツを配信する」ビジネスモデルで成功しています。
特筆すべきはユーザーにお勧めの作品を紹介するレコメンデーション機能です。サービス利用者から取得した膨大なユーザーデータを分析して最適な作品を紹介しています。Netflixで再生される作品のおよそ80%はレコメンデーションからと言われています。
また同社では多額の費用をかけて「ハウス・オブ・カード」などのオリジナル作品を制作していますが、ユーザーデータを分析して、視聴されやすい作品を企画していることはよく知られています。
日本におけるデジタルトランスフォーメーション
日本ではどのようなデジタルトランスフォーメーションが進んでいるのでしょうか。ここではよく知られた企業の事例を中心に紹介します。
トヨタ自動車
自動車業界も大きな変革が起きている業界です。背景には若者の車離れなどがあり、従来型の自動車販売というモデルだけでは成長が難しくなってきています。
トヨタ自動車では、テレビCMなどで見かけるように「月額定額制で乗り放題」というサブスクリプションサービスを展開、自動車というモノではなく「移動する」という体験を提供するビジネスへ進出しています。
またBtoBのソフトウェア開発へも進出しています。2018年にはトヨタ自動車、デンソー、アイシン精機の3社による合弁企業TRI-AD(トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント)を設立。自社向けの自動運転ソフトウェアを開発するなどAI技術活用にも力を入れています。
コマツ
建設機械を製造・販売している小松製作所では、「イノベーションによる価値創造」を成長戦略のひとつとして掲げています。その中には建設機械の自動化とオペレーションの最適化によってデジタルトランスフォーメーションを実現することも含まれています。背景には建設業界での深刻な労働力不足があります。
既存の建機にジャイロや加速度などを取得する慣性計測装置(IMUセンサー)や、位置情報を取得する衛星測位システム(GNSSアンテナ)、それを制御するコントローラーなどを後付けで設置できるキットを販売し、データを取得できるようにしたことで従来型の建機でも高度なICTを活かした施工が可能となりました。
今後、キット搭載機には、3Dのマシンガイダンス機能や施工履歴データ取得機能、複数建機間の協調機能、GNSS補正情報受信機能などを提供することを発表しています。
三菱電機
三菱電機では「e-F@ctory」というコンセプトを掲げ、機器同士をネットワークで繋ぎ、取得したデータを分析・活用することで工場を最適化するスマート工場の実現を支援しています。
もともと同社では製造業向けにFA関連のソリューションを提供しており、自動化に関するノウハウや技術を蓄積していました。それらを最大限活用し、工場の加工機械にセンサーを設置して機器の状態を遠隔診断する仕組みや、稼働状況を別の場所から確認できる機能、サーバーではなくローカル側でデータを分析するエッジコンピューティングなど、モノのインターネットと呼ばれるIoTの技術をベースにしたデジタルトランスフォーメーションのソリューションを提供しています。
デジタルトランスフォーメーションが製造業へもたらす影響
製造業において、デジタルトランスフォーメーションはどのような影響があるのでしょうか。
もともと製造業では、工場の自動化、効率化、という流れがありました。生産工程の自動化を図るシステムのことをファクトリー・オートメーション(Factory Automation、以下、FA)と呼び、センサーや産業用ロボットなどが活用されていました。FAは工程を自動化・無人化することを主目的にしています。
デジタルトランスフォーメーションは、FAの延長とも考えることができます。センサーやロボットを用いて自動化した上で、そこから得られるデータや知見を活用して既存のビジネスフローを改善したり、新たなビジネスを生み出していくのです。
現在は社会の仕組みも変化しています。IoTによってさまざまなモノがインターネットに繋がるようになったほか、データをローカルではなくクラウドサーバーで処理するクラウド化も進んでいます。またサブスクリプションサービス、シェアリングエコノミーなど、従来型の社会とは異なる社会へ移行している状況もあり、モノを提供する側の製造現場でも、昔からの方式や従来どおりのシステムに固執していては適切な対応ができないこともあります。
このように産業構造そのものが大きく変化していくなか、今後はデジタルトランスフォーメーションによって自社のビジネスを新しい社会にどう適応させていくか、が焦点となっていくでしょう。
まとめ
デジタルトランスフォーメーションはこれから企業がさらなる成長を遂げていくためには欠かせないものです。この概念を無視していると大きな損失を生む恐れがあります。製造業にとっても同様です。社会環境の変化に伴い、デジタルトランスフォメーションによる自社ビジネスモデルの変革や新たな方向性が求められています。