あらゆる業界においてクラウドを利用したサービスの導入が進んでいますが、製薬業界もその例外ではなく、さまざまな領域でクラウドの活用が進んでいます。この記事では、クラウドの概要と、製薬業でクラウドを利用する方法やメリット、実際の活用例について紹介します。
様々な業種で活用されるクラウド
「クラウド」「クラウド・コンピューティング」とは、ユーザーがサーバーなどのハードウェアやソフトウェアを持たなくても、インターネットを介してさまざまなサービスを利用できる仕組みのことを指しています。
メールなども従来は「Outlook Express」などのメールソフトを個別のPCで利用していましたが、その場合、メールを受信したPC以外の端末ではメールを読めないなどの制限がありました。これに対してクラウドサービスとして提供されているOutlook.comやGmailなどのメールサービスは、アカウントさえあればWebブラウザを通してどの端末からでもメールを利用することができます。
現在のクラウドサービスはPCやスマートフォンなど端末の種類を問わず使えるものが主流になっており、あらゆる状況で利用されるようになっています。
製薬業におけるクラウドの活用方法
製薬業界でもクラウドサービスの利用が普及しつつあります。ここでは、クラウドの特性を生かした活用方法を紹介します。
グローバル展開に関する活用
業務システムで使用するサーバーやデータセンターを、自社で設置するハードウェア内に設けるのではなく、クラウドサーバーを利用して保存することが多く行われるようになっています。
世界中に顧客を抱えグローバルに拠点を持つことが多い製薬会社の場合、国や事業所ごとに独自のサーバーやデータセンター、ネットワークを設けており、情報の統合が難しい場合があります。これを、クラウドサービスを活用して一元化することで、統一したシステム上で情報やデータを保管・共有が可能になり、世界中のどこからでも情報を閲覧したり保存することが容易になります。
もちろん、自社設備で一元管理の体制を構築することも可能ですが、自社運用の場合はハードウェアの導入やソフトウェアの開発などで高額の初期費用が発生することが多く、緊急時のバックアップ体制の構築と維持などにも費用がかかります。
その点、クラウドサービスを利用すれば初期費用を抑えやすく、ランニングコストやシステムの運用負荷も自社運用よりはるかに少ない費用で実現しやすくなります。また、世界中に拠点がある大規模な製薬会社ではシステムなどの環境を統一できるメリットは大きく、業務効率の向上に貢献すると考えられます。
創薬への活用
業務システムだけでなく、創薬プロセスそのものにもクラウドサービスが活用され始めています。
創薬では新薬の候補となる化合物を探し当てて、その化合物について念入りにシミュレーションが行われます。しかし、化合物の割り出しやシミュレーションの実施には多大な時間と予算がかかるため、コンピューターによる高度な演算を利用して少しでもそのコストを下げる試みがなされてきました。こうした創薬プロセスに使われるコンピューターには高い能力が求められますが、必要なタイミングでクラウドサービスを利用して高度なコンピューティング能力の供給を受けるとことで、高性能コンピューターを維持するコストを減らすことが可能になったのです。運用規模の拡大や縮小を即時に実現しやすいのもクラウドサービスを利用する大きなメリットの一つです。
マーケティングでの活用
新薬として承認されたら、その価値を世界中に届けるために販売促進活動を行います。ここでもクラウドサービスが普及しつつあります。
従来、製薬会社ではMR(Medical Representative、医療情報担当者)が医療機関を訪問し医薬品の情報を伝えていました。しかし、不正防止を目的として2012年にルールの見直しが行われたのを機に、MRの訪問規制を行う医療機関が増え、それまでのような活動が難しくなりました。また、医療従事者側にも製薬会社のWebサイトなどを参照するなどして自ら情報収集したいというニーズが増え始めていました。
そういった時代の変化に伴い、サイトを訪問したユーザーの行動履歴などをもとに、個別の段階に合わせて最適な内容、最適な方法のマーケティングを自動で行う「マーケティングオートメーションツール(MAツール、Marketing automation tool)」が製薬業界でも活用されはじめています。こちらもクラウドサービスでの利用が主流となっており、業界特有の規制などに対応した製薬会社向けのパッケージも提供されています。
関係者とのコミュニケーションツールとしての活用
医療の現場では、関係者のスムーズな連携が非常に大切です。クラウド上のチャットや各種SNSなどのコミュニケーションツールなどは既に広く利用されています。
また、原料の見積もりに関するやりとりを一元管理して簡略化するツールや、製薬会社と医療従事者の間で双方向コミュニケーションを行うツールなど、製造業や製薬業界に特化したツールも開発され提供されています。
製薬業で利用されるクラウドサービスの例
最後に製薬業界で採用されているクラウドサービスの具体的な事例について紹介します。
Microsoft Azure
Microsoft社のクラウドサービス「Microsoft Azure」を活用している製薬会社もあります。参天製薬は、SAP社の統合基幹業務システム「SAP S/4HANA」をAzure上で利用する「SAP on Azure」を採用しています。自社運用と異なりハードウェアを自前で用意する必要がないので、システム規模の拡大や縮小などの変更もしやすく、Microsoftが用意した高品質の回線やセキュリティ環境を利用して展開できるのが強みです。また、モバイル端末からでもAzureを通すことでWindows環境にあるデータにアクセスすることができるようになり、グローバルに展開する業務のありかたが大きく変わろうとしています。
AWS
アステラス製薬はAmazonのクラウドサービス「AWS(Amazon Web Services)」を自社サイトのWebサーバーとして利用しています。製薬会社のコーポレートサイトは、医療関係者への情報発信などのため常に安定して稼働していることが求められています。アステラス製薬では2011年の東日本大震災などの災害を踏まえ、2013年にWebサーバーをAWSに全面的に切り替えて運用しています。
まとめ
インターネットに接続できる端末があれば利用できるクラウドサービスが業界を問わず普及しています。特に、世界中に拠点を持つ製薬会社の場合、あらゆる情報を集約してインターネット上で扱える点でメリットが非常に大きいと言えます。創薬やマーケティングなどに生かせるクラウドサービスの導入を検討してみてはいかがでしょうか。