仮想現実を実現するために、既にいくつものデバイスが登場していますが、多くはゲームや映画鑑賞などエンターテイメントを用途とした製品です。Microsoft社が提供しているHoloLens2は、より産業の現場での使用を重視した製品です。この記事では、HoloLens2の特徴やHoloLensとの違いについて解説します。
Microsoft社開発のHoloLens 2とは。何ができる?
HoloLens2は2019年11月7日から法人向けに販売が行われ、翌年2020年7月2日からは一般向けとしても販売されているMicrosoft製のMixed Reality(複合現実)を実現するデバイスです。HoloLens2のようなデバイスを装着することで、現実世界とはまったく別の世界や、その場に本来存在しないモノや情報が付加された世界を体験することができます。このような世界はVirtual Reality(仮想現実:VR)、Augmented Reality(拡張現実:AR)、Mixed Reality(複合現実:MR)に分類されます。
VRとは、例えば現地に足を運ばなくても不動産の内見ができたり、まるで火災の現場にいるかのような世界を作り出し避難訓練ができたりなど、現実世界とは全く異なる人工的な世界を作り出して体験できるものです。ARは現実の風景に情報や映像を重ね合わせて表示するもので、スマートフォンの地図アプリで道案内機能を使用した際に、経路がカメラで撮影した景色に重ねて表示されたり、カメラアプリで実際には存在しないメガネやアクセサリーを身につけているかのように撮影できたりします。
MRは、現実世界に存在しない物体を触って動かしたり、その物体をリアルタイムで遠隔地にいる複数人で共有できたりなど、VRとARを融合したものです。
HoloLens2はこの分類の中でもMRを実現するために開発されたデバイスです。発表の場では、HoloLens2を使用した、現実世界には存在しないピアノ演奏が披露されて話題になりました。現実世界に存在しないホログラムを操作することができるデバイスは他にも存在しますが、そのために専用のコントローラーを持つ必要があります。HoloLens2はそれとは異なり、5本の指をそのままリアルタイムに検出することができます。ホログラムを両手でつまんで引き伸ばすことで大きさを変えたり、手でボタンを押したりスライドスイッチを動かしたりと、より自然なジェスチャーでホログラムを操作できます。
価格はマイクロソフトストアからの購入で422,180円、レンタルの場合は月額60,000円~です。
HoloLens 2の特長およびHoloLensとの違い
HoloLens 2の特長と、HoloLensとの違いをわかりやすく説明します。
装着性
初代HoloLensは頭全体で支える構造となっていたため装着時の圧迫感が強かったのに対し、HoloLens2では頭部の前後2箇所で支え、後頭部にパットを備えるなどして装着時の安定性を確保しています。また初代HoloLensでは眼球から12ミリ後ろにあった重心を、バッテリーを後頭部に移すなどして眼球から最大70ミリ後方に重心を移しています。頭の中心部分に重心があることで、装着時の不快感を緩和する構造となりました。初代HoloLensと比べノーズパッドで鼻が痛くなったり、ずれ落ちたりする機会が軽減されています。
操作性
HoloLens2ではアイトラッキング(視線追跡)機能が追加されています。初代HoloLensではアイトラッキング機能が無かったため、現実空間に現れたホログラムの位置によって頭や体を動かし、ホログラムに焦点を合わせる必要がありました。これに対しHoloLens2では装着者の目前にあるディスプレイのセンサーで視線を検知することができるため、視線をホログラムに合わせながら操作ができます。
またHoloLens2には加速度センサー、角速度センサー、磁気センサー、Azure Kinectセンサーの主に4つが備えられています。これらのセンサーで装着者の5本の指の動きをすべて検出できます。これによりホログラムをつまむ、握るといった掴み方の違いを検出できるため、仮想ピアノを弾くことも可能となりました。
視野角
初代HoloLensではディスプレイの視野角が40度程度であり、またアスペクト比(横縦比)が16:9であったため小窓を覗いているような印象がありました。これがHoloLens2では視野角を約2倍、アスペクト比も4:3にすることで垂直方向の比率を高め、自然な感じでディスプレイを見ることができるようになっています。ディスプレイ解像度も初代HoloLensでは視野角1度あたり23ピクセルだったものが47ピクセルと約2倍になり、より詳細な表現が実現しました。
Azureとの連携による開発ルールの強化
HoloLens2などを使用することで現実世界に現れるホログラムを、複数の人が持つデバイスで共有するために考えなければならない「座標」の問題があります。これは複数のデバイスの位置や方向がバラバラであるにも関わらず、どこにホログラムを表示するか決めるための原点がデバイスごとに一致していなければならないという問題です。
これまでARを実現するデバイスでは、目印となるQRコードやマーカーを決められた場所に設置するなどして、マーカーの位置を原点としてホログラムを表示していました。HoloLens2ではマーカーに頼ることなく、マーカーに相当するものを現実世界の特徴から見つけ出し、クラウドサービスであるAzureを用いて複数のデバイスで共通して原点を使うことが可能です。独自にマーカーを検出するための機能を開発する必要は無くAzure Spatial Anchorsとして一般提供されています。
同じようにAzure Remote Renderingでは、AzureからHoloLens2などのデバイスにコンテンツをリアルタイムに提供することが可能です。Azure Remote Renderingは現在プレビュー版が提供されています。
HoloLens 2の活用事例
HoloLens 2の具体的な活用事例をご紹介します。
事例1.建設プロジェクト業界で複合現実を活用|Bentley Systems社
建物などの設計、建設、運用ソフトウェアソリューションを提供している米国のBentley Systems社では、建設工程を計画、可視化するSYNCHRO XRを提供しています。SYNCHRO XRとHoloLens2を使用することで、工事中の建物が時間の経過と共に完成していく姿を現実の風景に重ねて確認することができます。
SYNCHRO XRとHoloLens2を使用することで、ただ完成した姿が確認できるだけでなく、何時までに何処にどのような部材必要になるのか視覚的に確認ができます。工期を遅れさせないために施工済みの設備がいつまでに何処に必要になるのかなど、HoloLens2を使うことで建築の工程管理を視覚的に確認しながら、確実に行うことができます。
事例2.複合現実(MR)の導入を加速化|PTC社
ニーズの変化が大きい昨今では、製造業において付加価値の高い製品やサービスの創出が重視されています。そのための手段として産業機械や装置、設備、人の動き、システムなどをネットワークで接続し、効率化、見える化するIIoT(Industrial IoT)が製造の現場では注目されています。
CAD/CAM/CAEおよびPLM関連のソフトウェア、サービスを提供する米国のPTC社は、IIoTのプラットフォームであるThingWorxを提供しています。ThingWorxではIoTデバイスからのデータ収集、分析、見える化などが実現でき、データ分析に基づき機械の不具合が発生する前に予防診断を行うことも可能です。この予防診断の際にHoloLens2を組み合わせ、産業機械の内部でどのようなことが起きているか、視覚的に確認することで日々の業務を改善し、改善を積み重ねることで機器の故障や非稼働時間が発生することを防ぐことができるようになります。
事例3.有人宇宙船「オリオン」の建造に活用|Lockheed Martin社
米国のLockheed Martin社は航空機・宇宙船の開発製造会社です。同社が製造するOrion宇宙船は月への有人飛行に用いられる予定で、NASAが2024年の実現を目標としています。
Orion宇宙船を組み立てる際にLockheed Martin の作業員は書類やタブレットを参照することは無く、組み立てに必要となる情報はすべてHoloLens2から提供されます。宇宙船の製造には数百万の様々な作業が必要になります。しかしながら2017年にLockheed MartinがHoloLensを導入してからこのデバイスを使用した作業員による作業不備は今のところ発生していません。
また技術者が組み立ての作業検証のために道具を一度置き、コンピューターの設置場所に移動した上で行った作業の情報を入力し、また持ち場に戻るといった非効率な作業も改善されました。HoloLens2を用いると音声コマンドで作業後の写真や動画を撮影でき、持ち場を離れずに検証、品質保証の作業を行うことができます。
事例4.リモート学習プログラムに活用|Case Western Reserve 大学
米国のオハイオ州クリーブランドにあるCase Western Reserve大学は4,200人の学部生と5,600人の大学院生が所属する米国の主要な研究機関・医学部の1 つです。医学部でこれまでにない試みとして、新入生185名がキャンパスに集まり授業を受けるのではなく、HoloLens2と同大学のHoloAnatomy Mixed Realityソフトウェアを使用してリモートで演習を行っています。
HoloAnatomyは解剖学を学ぶためのソフトウェアです。死体を解剖することなく解剖学的構造、横隔膜、神経系、循環器系などの見えにくい構造を可視化することができます。学生はHoloLnes2を使用してホログラムを自由に移動、回転できるため、直感的に解剖学を学べます。また、従来の解剖学と同等の学習効果を得ることができるため2倍早く学習することができ、その効果が実証されています。
クリーンルーム対応「HoloLens 2 Industrial Edition」を発表
HoloLens2は産業現場での使用を重視しているデバイスであるため、半導体や製薬業界など空気清浄度が高いクリーンルームなどでの使用や、エネルギー業界などで可燃性ガスの濃度が高い現場での使用を想定したHoloLens2 Industrial Editionが発表されました。制限された環境でも、作業のワークフローを変更することなく利用できます。ISOのクリーンルーム規格ISO 14644-1 Class 5-8並びに本質安全防爆UL Class I, Division 2に対応しています。
まとめ
産業分野でのMRデバイスの活用はまだ一般的になっていない側面もありますが、MRの活用は、これまで実現することができなかった、負担が少なく効率的な働き方を実現するために有効な手段のひとつになり得ます。変化の大きい時代を乗り切るためにも、HoloLens2の導入を検討してはいかがでしょうか?