建築業は、外部要因として少子高齢化による人材不足や原材料の高騰によって、経営のみならず、建設工事の現場レベルにおいても業務改革を迫られています。内部的な問題として、複数の業務システムが乱立し、部署間のデータ連携がうまくいっていないケースや、現場からの情報連携が紙ベースのためタイムリーな進捗管理ができないというケースが挙げられます。 ERPの導入は、これらの問題を解決する重要なシステムとして、大手ゼネコンでも導入が進められています。本記事では、建設業におけるERPを焦点に解説します。
建設業が抱える課題とは
建設業では業界特有の業務や工程があるため、基幹システムが対応しきれていないという問題があります。それは、業務効率の悪さや長時間労働、社内外での連携不足という形でさまざまな問題を引き起こしています。
例えば、建設業では工事における予算管理、資材管理、作業員の人材管理、安全管理、工事の工程管理があります。それぞれ個別の業務システムでこれらの管理を行うと、業務システム間でのデータ連携が自動化されていないため手動入力を強いられ、効率的ではありません。
また、業務システム間で情報がリアルタイムで連携されていないと、状況に応じた意思決定や他部門との効率的な連携が取りにくくなります。
建設業におけるERPの重要性
近年、建設業においてもERPを活用した業務の効率化や経営資源の一元管理が進んでいます。ここでは、ERPの定義と建設業でERPの導入が進んでいる背景について触れます。
ERPとは何か?
ERPはEnterprise Resource Planningの頭文字を取った用語です。ERPは、ヒト、モノ、カネなど、企業が経営する上で不可欠な資源を統合的に管理するシステムを指します。
日本におけるERPは、2000年代から企業に導入され始め、多くの実績を上げています。日本に本社を持つグローバル企業では、本社と海外支社との業務連携が重要です。スピードが求められるビジネスにおいて、特に海外支社とのタイムリーで正確な情報の連携が経営を左右します。このようなことから日本ではグローバル企業が先導となってERPの導入が進みました。そして、近年注目されているDXが後押しし、ERPの導入は決して珍しくないものとなっています。
建設業でERPが重要とされる理由
企業は営業部門、SCM(サプライチェーンマネジメント)部門、人事部門、会計部門、マーケティング部門、CS(カスタマーサポート)部門など、複数の組織から構成されています。各部門は、異なる業務システムから業務上必要なデータを参照します。
そのような環境では、業務システム間でデータが自動連携されていないと、部門間での情報連携の遅れや工程管理の甘さ、スピード感を持った意思決定ができません。また、経営の全体においてもさまざまな問題を引き起こすでしょう。これらの問題を背景として誕生したのが、ERPです。
ERPを導入するメリット
企業の組織が複雑化して扱うデータが増えるほど、EPRの導入による恩恵は大きなものがあります。ここでは、ERPを導入するメリットについて4つピックアップします。
データを一元管理
営業部、施工管理部、安全管理部、人材管理部などの複数の部署で同じデータを同時に参照できるようになるため、部署間での情報連携や工程管理を円滑にできます。
例えばERPがあると、原材料価格が変動した場合、他の業務システムで保持している売上原価情報も自動的にアップデートされ、全ての部署が最新の売上原価を参照することが可能です。このように、データを一元管理することで情報連携が迅速に行われ、スピード感のある意思決定ができるようになります。
業務効率化
ERPがない場合、業務システム間でデータが自動連携されていないため、手動で最新データを別の業務システムにインポートするという効率の悪い状況が発生します。このような状況は、長時間労働の定常化やヒューマンエラーが頻発に発生する、という事態に発展する可能性があるでしょう。
ERPを導入すると、見積もりから受注、施工、工事の完了まで、統合された一貫性のあるデータとして管理されます。業務システム間が自動的に連携し、手動による介入がほとんど入らないため、結果として、正確な情報に基づいた効率的な業務を遂行が可能です。
生産性の向上
生産性とは労働者1人当たりが生み出す付加価値を意味します。ERPを導入すると効率的に業務を遂行できるようになり、その結果としてこれまで必要としていた労働時間を削減することができます。それは、すなわち、少ない労働量でより多くの付加価値を生み出すことにつながります。また、人件費の最適化を図ることも可能です。
少子高齢化が進んでいる日本では、常に人材が不足しており適任者がなかなか見つからないというのがどの企業も抱える大きな問題です。ERPはそのような問題を生産性の向上という観点からも解消します。
内部統制の強化
ERPでは、各工程のプロセスがデータとして可視化され部署間で共有されるため、情報の透明性が確保されます。また、データが不正利用されることのないようにセキュリティ対策が施されています。
その結果、業務における不正行為やデータの不正利用を防止できます。ERPを活用することによって、例えば、当初立てた実行予算に基づいて工事が施工されているか、見積金額をベースに原価金額や粗利額が正確に受注金額へ反映されているか、などのチェックを自動化することが可能です。
属人化を防げる
ERPはシステム上で、一定の操作手順に基づいて業務を遂行します。操作手順を説明したマニュアルをベースに一定期間ERPの操作方法を習得することで、ERPに置き換わった業務は定型化されます。特定の人材以外に社内で対応できる人がいないという業務の属人化は、ERPの導入により防止できます。
どの企業でも人材が不足しているのが常です。業務の属人化は会社としての経営上のリスクにもつながるため、避けなければなりません。ERPによる作業手順は、長期的視点では大きな変更が入ることはないため、オペレーション業務の安定化も期待できます。
建設業向けのERPで必要な機能
建設業向けのERPも一般企業向けのそれと同様に、複数の業務システムを統合的に一元管理するという点は変わりはありません。建設業向けのERPは、業界特有の業務に対応している点が特徴です。
建設業向けのERPで必要な機能として代表的なものは、建設業会計、現場の原価管理、工事管理、在庫管理と直結した販売管理、現場に対応したワークフローなどです。
工事管理は大規模修繕工事や小規模工事など、建設の規模に応じて対応する機能がERPにより異なります。建造物によっては、長期にわたり建設作業が発生します。そのような、工事の進捗状況に応じて原価を自動的に算出する機能も、建設業向けのEPRの特徴です。
建設業に最適なERPシステムの選び方
現在、建設業向けのERPは数多く提供されています。自社にとって最適なERPを選択するために検討したい項目について解説します。
建設業に特化した機能が付いているか
建設業に特化した機能が付いているかどうかは、ERPを選択する際に最も重要視すべき項目です。自社が行う建設の規模や、BtoCやBtoBなどの商流形態も選択基準として考慮に入れるようにしましょう。建設業法の改正はEPRを通じた業務内容にも影響します。そのようなアップデートにも臨機応変に対応できるERPの選定が望ましいです。
ERPを提供しているベンダーのWebサイトには、ユーザー事例として、実際にEPRを活用している企業が紹介されています。事例を掲載している企業の事業規模やサービス形態が、自社と共通しているかも判断基準となります。
料金は適切か
ERPの費用は導入時のみに発生する初期費用と、ライセンス費用から構成されます。初期費用は導入時のコンサルティング、要件定義や設計、開発などの人件費、インフラ費用などが含まれます。ライセンス費用は月単位や年間単位で発生します。
ERPの費用は決して低額ではないため、長期的に初期費用を減価償却できるのか、ライセンス費用を支払うだけの体力があるかどうかを考慮しましょう。EPRの導入は会社としての投資判断を要求するため、会社一丸となって取り組む意思が必要不可欠です。
クラウドかオンプレミスか
ERPはサービスの提供形態という観点から、クラウド型とオンプレミス型に分類できます。どちらにも一長一短があり、必ずしもどちらかがよいということはいえませんが、それぞれの特徴を見ていきましょう。
クラウド型とは
クラウド型ERPとは、インターネットを通じてベンダーが提供するインターフェースにアクセスしERPを利用する形態です。パソコンやタブレット、スマホ端末のWebブラウザーを通じてインターフェースにアクセスする方法や、専用のソフトウェアを端末にインストールして利用する方法があります。
クラウド型ERPにおけるインフラの運用保守はベンダーに任せることができるため、自社での運用負担を軽減することが可能です。セキュリティの脆弱(ぜいじゃく)性やネットワーク監視、ログ監視による不正アクセス対策も、ベンダーが主体となり対応します。
クラウド型ERPは機能の拡張性という点では制限がありますが、インハウスでの運用保守に人的リソースや工数をかけられない企業にとっては大きなメリットがあります。
オンプレミス型とは
オンプレミス型ERPは、ERPで必要となるサーバー、インフラ、ネットワーク機器を自社で構築し運用保守する形態となります。自社でERPを開発する人的リソースや高度なエンジニアリングが必要です。ERPの構築に関する豊富な知識や経験があるプロジェクトマネージャーやエンジニアを確保します。
このようなことから、クラウド型ERPと比較すると自社での運用負担が大きいのがオンプレミス型ERPの特徴といえますが、機能の拡張性や柔軟な対応ができる点がオンプレミス型ERPのメリットです。ERPの専門部署を構えることができる大きな企業は、オンプレミス型ERPを導入できる環境にあるでしょう。
建設業でのERPの導入事例
Dynamics 365は、Microsoftが提供する建築業を含めた製造業界で利用されているERPの1つです。会計管理や在庫管理のような基幹業務だけではなく、さまざまなデータを統合的に管理するソリューションを提供します。
Dynamics 365の導入事例|大成建設の事例
大成建設は工事の計画・工事・施工・監理を一貫して行う、日本を代表する総合建設企業です。
大成建設は自社独自の「LifeCycleOS(LCOS)」と呼ばれる建築管理システムをMicrosoftのクラウドサービス・Azure上に構築しました。同社の建築管理システムはDynamics 365で各案件を管理し、建物から収集されるさまざまなIoTデータを自動収集しながら、建築の点検管理のスマート化を推進しています。
点検管理はこれまで主に紙ベースで行っていましたが、Dynamics 365を活用したデジタル化を通じて、業務にかかる工数の25%を削減することに成功しました。
参考:Microsoft
Dynamics 365の導入事例| 鹿島建設の事例
鹿島建設も、日本を代表する総合建設企業の1つです。同社は2018年に「鹿島スマート生産ビジョン」を掲げました。業界の問題でもある人材不足や長時間労働に対する改革として、Dymanics 365とMicrosoft Power Platformを活用し、建設現場の情報伝達におけるデジタル化を推進しています。
建設現場では、複数の協力会社が参加し、さまざまな工事が施工されています。紙ベースでの報告の場合、一部の工事が完了しても、その情報が現場指揮官や本部へ伝わるまでにタイムラグが発生する上に、紙への記載にも時間がかかり効率的ではありません。
解決策として同社は、現場作業員にスマート端末を支給しました。これにより、作業員が画面を操作するだけで瞬時に工事の進捗状況を関係者へ伝えることができるようになり、効率的な情報共有や作業の進捗管理が可能となりました。
参考:Microsoft
まとめ
これまで見てきたように、建築業においてERPの導入は急速に進んでいます。建築業界に特有の機能を兼ね備えたERPも数多くリリースされており、ERPの導入を通じた業務改革ができる環境にあると言ってよいでしょう。
大手ゼネコンをはじめとする建築会社は、Dynamics 365の導入を通じて「業務効率の向上」という具体的な成果を出しています。現場の業務効率に課題を感じている方は、Dynamcis 365を解決策の1つとして考えてみみてはいかがでしょうか。