新型コロナウイルスの流行をきっかけに、医療業界では「遠隔医療」が注目を集めています。本記事では、遠隔医療のメリットや課題をはじめ、MR(複合現実)ヘッドセット「HoloLens 2」を活用した長崎大学の次世代型オンライン遠隔医療システム、また今後の遠隔医療の展望についてもご紹介します。
遠隔医療とは?
医療は長年にわたり、対面すなわち「患者が医療機関に出向く」「医師が患者宅へ向かい在宅で医療行為を行う」のどちらかを選択するしかありませんでした。しかし、ICT技術とAI機器の進歩によって、情報通信機器を利用することで、医師が遠隔地にいる在宅患者へ医療を行えるようになりました。
そのような医療行為は、厚生労働省が発表した「オンライン診療の適切な実施に関する指針」の中で、英語の「telemedicine」を訳した「遠隔医療」や「オンライン診療」と呼ばれ、「情報通信機器を活用した健康増進、医療に関する行為」と定義づけられています。
遠隔医療は、離島や僻地における慢性的な課題であった医師不足などの解消にもつながると期待されており、参入を図るベンチャー企業も増えてきています。
遠隔医療のメリットや課題
では、遠隔医療を行うことで、一体どのような効果が得られるのでしょうか。また、どのような課題があるのでしょうか。それぞれ詳しく見ていきましょう。
【メリット】専門医不足の解決へつながる
遠隔医療の最たるメリットとして、先述したように医師不足の解消を見込めることが挙げられます。
本来であれば、日本のどの地域にいても隔てなく、必要な医療を適切なタイミングで受けられることが望ましいのでしょうが、実際は都市部に医師が集まり、離島や僻地には不足しているのが現状です。
しかし遠隔医療には、医療機関と患者間の遠隔「診療」行為にあたる「DtoP」と、医療機関間の遠隔「診断」行為にあたる「DtoD」の2パターンがあります。特に後者の役割を活かし、たとえ専門医がいなくても各医療機関が連携して診療支援を行えば、患者はわざわざ別の病院に出向く必要がなくなります。
【メリット】通院が難しい方の在宅診療が可能となる
もうひとつのメリットとしては、さまざまな事情で医療機関に出向くことが困難な方に対しても、在宅診療で応じられる点が挙げられます。
医療機関に出向けない理由には、主に「離島や僻地などからの通院が難しい」「そもそも症状的に出歩くのが困難」といった物理的な問題があります。また、病院での待ち時間などの負担を嫌い、通院を渋るケースもあるでしょう。
在宅医療であれば通院にかかる負担を軽減できるため、こうした患者の細やかなニーズにも対応しつつ、適切な診療を提供できるのです。
【課題】診療報酬に課題が残る
ここまで遠隔医療によるメリットをご紹介してきましたが、一方でデメリットや課題も指摘されています。
まず、診療の対価として支払われる診療報酬は、どの医療機関にとっても気になるポイントでしょう。2018年の診療報酬改定にてオンライン診療科が新設されましたが、当時は原則として再診のみが対象で、「3ヶ月以上の対面診療」が必要とされていました。しかし2020年、世界的に新型コロナウイルスの感染拡大がきっかけとなり、特例として初診でも診療報酬が支払われることになったのです。
ただ、その初診の点数が対面診療の場合よりも低く、またそもそも対面が条件となっている診療報酬もあり、制度面でまだ課題は残されています。遠隔治療を行うには、情報通信機器を整備・維持・管理するために多くのコストをかける必要もあり、医療現場からは時代とニーズに即した診療報酬にするよう改善が求められています。
【課題】細部を目視できず正確な判断ができない
2つ目の課題としては、対面と同様の精度で診断することは難しい点が挙げられます。
医師は通常、患部や顔色を目視したり、触診・聴診をしたりして総合的に診断しています。しかし遠隔医療では、パソコンでの画面越しとなるため、対面と比べて患者から得られる情報が圧倒的に少なくなってしまうのです。
この課題に関しては、今後のデジタル技術の進歩に期待するしかありませんが、まさに遠隔医療の限界や本質的な難しさを物語っているといえるでしょう。
長崎大学 遠隔医療の事例を紹介
ここまで、遠隔医療におけるメリットと課題を解説してきました。では実際、遠隔医療はどのようにして実現されているのでしょうか。以下では、長崎大学の取り組み事例についてご紹介します。
長崎大学が遠隔医療で使うHoloLens 2とは
現在、遠隔医療の精度を向上するための技術として、「MR(Mixed Reality)」が注目されています。MRとは「複合現実」とも呼ばれ、現実世界の中に仮想世界の映像などが、あたかもそこにあるかのように見られる仕組みを指します。その代表格として、Microsoft社が開発したウェアラブルデバイス「HoloLens」があります。長崎大学では現在、初代モデルから装着性や操作性、視野角を改善した後継モデルの「HoloLens 2」を活用し、遠隔医療に役立てています。
HoloLens 2は一見するとVRヘッドセットのようですが、目の部分は半透明で、360度の空間を活かした3D映像や画像などを映し出します。それを現実世界に重ね合わせることで、MRが実現するのです。両手がふさがっていても音声コマンドで操作でき、ハンドトラッキング機能で自然にホログラムを触ったり動かしたりすることも可能です。現在は医療現場以外にも、製造業や建設業など、さまざまな現場で活用されています。
長崎大学での取り組み事例
長崎大学は、日本マイクロソフト社や行政と連携したプロジェクトとして、MRを活用した国内初の次世代型オンライン遠隔医療システムを開発しました。それは長崎大学関節リウマチ遠隔医療システム「NURAS(ニューラス)」と命名され、2021年3月から実証実験が行われています。
NURASは、被写体の立体的な動画を撮影できるカメラ「Azure Kinect DK」をセンサーとして患者の眼前に置き、さらに医師がHoloLens 2デバイスを装着することで、離島や僻地など遠隔地にいる患者の関節部位の診察が、3D映像などを用いて可能になる画期的なシステムです。従来の平面映像(2D)だけでは観察・評価しにくい関節の病変部位を、3Dホログラムによって専門医がリアルタイムで診察し、正確に判断ができるようにします。
またNURASには、「Microsoft Teams」と連携させてビデオ会議を行ったり、クラウドプラットフォーム「Microsoft Azure」を通じて患者の情報や医師の会話など、個人情報を保護したりする仕組みも搭載されており、医療現場から注目を集めています。
遠隔医療がもたらす今後の可能性
2020年3月から提供開始され、スマートフォンの通信規格として世間に認知が広まってきた5G(第5世代移動通信システム)の技術も、現在は遠隔医療に欠かせないものとなってきています。
従来の遠隔医療では、画質が粗かったり音声が途切れたりして、患者側・医師側ともにストレスを伴うことが少なくありませんでした。しかし、5Gには「高速・大容量」「高信頼・低遅延」「多数同時接続」といった特長があるため、4Kや8Kの高精細な映像もスムーズにやりとりでき、精度の高い診療が可能になります。
今後は5Gの連携によって、遠隔操作によるオンライン手術の実現や、多数同時接続のメリットを活かし、複数の医療機器をつなげて患者を診察できる「スマート治療室」などの発展も期待されています。
このようにAIなどの最新技術を活用し、患者と医療機関の物理的な距離が縮まることで、誰もが満足するスマートな医療が実現できるでしょう。
まとめ
5Gを連携させた遠隔医療は、専門医が不足している過疎地でも適切な医療を適切なタイミングで受けられ、スムーズに診断をしてもらえる仕組みとして期待されています。併せてMRデバイスのHoloLens 2を導入することで、より精度の高い診察も可能になりますので、ぜひ一度検討してみてください。