世界でも有数の長寿国である日本ですが、「健康な状態で生活を維持する」健康寿命を延ばすためには、日々の生活習慣の見直しや適切な医療の提供などが重要です。近年では、健康寿命の増進を促すために「PHR」と呼ばれる電子カルテの利用が広がってきています。そこで今回は、PHRの必要性や具体的な活用事例について詳しく解説します。
PHRとは
PHRとは「personal health record」の頭文字をとった言葉で、日本語では「生涯型電子カルテ」のことをいいます。
PHRは、個人の健康情報を1か所に集約して、本人が自由にアクセス可能な状態を整え、健康情報を活用して生活改善や健康増進につなげることを目的としています。
PHRが収集する情報は多種多様で、健康診断のデータや病院の診察データ、検査データ、薬局の調剤データのほかにも、スマートフォンのアプリを通じて自身が計測した体重や血圧、血糖値、食事、運動データなどを記録できるのも特徴です。
「健康にかかわるあらゆるデータ」をPHRによって集約し、少子高齢化や人口減少に対応していく取り組みとして注目を集めています。
PHRの必要性
PHRを活用して国民一人ひとりが自分の健康診断結果などの情報を把握できれば、日々の生活改善が容易になるというメリットがあります。数値が良くない部分の健康状態を改善するためにはどのような習慣を改善するべきなのかを個人が判断し、日常生活に反映させるきっかけになるためです。体重が超過しているなら運動を取り入れたり、検査数値の一部が芳しくないようであれば食事を健康的なものに切り替えたりする対策が考えられます。
また、DX推進の観点からも、PHRの実現は重要です。「IT技術を取り入れて人々の生活の変革を促す」ことを主目的としたDXは、企業や組織、個人にとって利便性の高い日常生活へとつながります。PHRを実現することで誰もが自分の健康状態に関するデータを容易に把握できるようになり、DX推進が進みます。
PHRの活用メリット
PHRを活用するメリットは、パーソナライズされた処置や災害時の対応のスムーズ化、セカンドオピニオンの際に役立つなど多岐にわたります。ここでは、PHRの活用メリットを4つご紹介します。
一人ひとりに適した処置が可能になる
PHRを活用することで、一人ひとりの健康に関するデータを医療側が容易に把握できるため、患者個人に適した処置が可能になります。例えば、過去に投薬したデータを参照して効果が弱かった薬剤や副作用が現れた薬剤を避けて、より効果的な薬剤を処方するなどの対応が可能になります。
また、過去の健康診断の結果を参照することによって効果的な生活改善のアドバイスが可能になるなど、「個人に合わせた最適な医療」を提供するうえで、PHRは医療側にとって重要な役割を果たします。
災害時にスムーズな対応ができる
災害時にかかりつけの病院が休診しているなどの理由でいつもの病院に診てもらうことが難しいシチュエーションであっても、PHRに蓄積されたデータを参照することによって、ほかの病院でも正確性の高い診断が可能になります。
「かかりつけ以外の病院にかかることに不安がある」という人でも、過去のデータを活用することで安心して診察を受けやすくなるでしょう。また、ほかの病院で診察を受けた後に再度かかりつけを受診しても、そのときのデータは蓄積されているため、スムーズに両者の病院の情報を連携できます。
セカンドオピニオンを受けやすくなる
PHRによって診断データを蓄積できれば、ほかの病院で受けた診断の内容を確認できるため、セカンドオピニオンを受けやすくなるというメリットもあります。
PHRがない状態では、患者自身がファーストオピニオンの病院で受けた診断をセカンドオピニオンの病院で説明し、あらためて診断を受けなければなりません。患者は一般的に医療に対する詳しい知識があるわけではないため、説明が不十分だったり、医師の意図しない説明を加えてしまったりする可能性があります。しかしPHRがあれば、医師が直接過去の診断データを確認してセカンドオピニオンを行うことが可能です。
自己管理の助けになる
前述のとおり、PHRを利用することで自分の健康診断結果などを参照できるため、自己管理がしやすいのもメリットのひとつです。現代では病気になる前の「未病」と呼ばれる状態で「病気にならないための対策」を行うのが重要であるとされており、自己管理を徹底することで病気にならない身体をつくり、健康寿命を延ばしやすくなります。
PHR導入の課題
PHR導入にはさまざまなメリットがありますが、セキュリティ面や普及に関する課題があります。
セキュリティ対策を強化する必要がある
PHRで扱うデータには個人情報が多く含まれているため、個人情報保護のための取り組みが必要不可欠です。そのため、セキュリティを高めるための厳格なシステム整備などが求められるでしょう。
システムに関する知識が不十分な企業では新たな人材を採用・教育するコストが発生するほか、システム未導入の場合はシステム導入・構築のためのコストもかかります。ほかにも、セキュリティルールを整備するための手間や時間も発生します。
普及に時間がかかる
PHRは国内のあらゆる人が対象となるIT技術ですが、特にお年寄りなどはシステムに馴染みがない人も多く、抵抗感を取り除くための対策を講じる必要があります。地域や病院でPHRの講習会を開いたり、使い方の詳しいマニュアルを作成して配布したりするなど、普及のための取り組みを推し進めていかなければなりません。
PHRを導入したからといってすぐに浸透するとはかぎらず、中長期的な目線で取り組みを続けていく必要があると考えられます。
PHRの具体的な事例
日本国内においても、すでにPHRを活用している事例がいくつかあります。ここでは、3つの事例をご紹介します。
母子手帳アプリとの連携(群馬県前橋市)
群馬県前橋市では、PHRモデルの一環として母子手帳アプリを活用した支援政策を実施しています。自治体や医療機関に蓄積されている赤ちゃんの健診結果や予防接種記録を、マイナンバーカードと連携して母子手帳アプリに反映するシステムです。
3歳までの定期健診結果と予防接種の記録がアプリに登録され、身長や体重のデータは自動的にグラフに反映されて一般的な成長曲線との比較も可能になっています。データは自動反映されるので、一回ごとに保護者が自分で登録する必要がないのもポイントです。
健康管理アプリの提供(兵庫県神戸市)
兵庫県神戸市では、2019年から「MY CONDITION KOBE」と呼ばれる市民向けのPHRアプリが配信されています。食事や睡眠、万歩計などの日々の暮らしを記録したデータと、健康診断結果を蓄積して、市民の健康管理を促進するためのアプリです。
入力したデータの内容に応じて健康目標を達成したり、健康に良い影響を与える行動をとったりするとポイントが貯まっていき、特典と引き換えられるのも魅力のひとつです。生活改善のためのコースがいくつか用意されており、個人が自由に設定したコースに応じてAIが導き出したアドバイスを受けられます。
千葉大学病院
千葉大学病院では、Microsoftのクラウド基盤である「Azure」を活用し、2020年からTIS株式会社と共同で「ヘルスケアパスポート」と呼ばれる、クラウド型の地域医療連携サービスを提供しています。
病院、薬局、個人がそれぞれに健康情報の登録を行うとともに、医療機関が登録済みのPHRを参照して医療の提供に役立てることが可能です。体重測定や血圧測定の結果なども自動的にアップロードが可能で、「患者の生活の可視化」により健康増進をはかるとともに、医師と患者の意思疎通を円滑にする役割を果たしています。
PHRの将来性
現状のPHRは、国を挙げて推進に取り組んでいる最中であり、まだ日本全国に浸透しているとはいえない状況です。しかし、今後はDX推進の重要性が国内にさらに広まるとともに、ITシステムに抵抗感の高い老年層への普及活動を進めることによってさらに浸透していくと考えられます。
PHRの導入によって国民一人ひとりの健康への意識改革を促したり、医療機関で適切な診療を行ったりできる環境を整えることは、健康寿命を延ばすためにも効果的です。より健康的な暮らしの維持を目指して、今後はさらにシステム整備が進められていくことでしょう。
まとめ
健康診断の情報や各種検査データなど、健康に関するあらゆるデータをPHRで整備することで個人の健康に対する意識が高まり、健康寿命の増進が期待できます。また医療機関で精度の高い医療サービスを提供するためにも、PHRは高い効果を発揮します。
今はまだ広く浸透しているとはいえないPHRですが、自治体をはじめとして多くの組織でアプリが提供されるなど、今後はさまざまな場面で活用されていくことが期待されます。