2027年の「SAP ERP」サポート終了を前にして、自社のシステム移行の方向性に迷っている方も多いのではないでしょうか。本記事では、「SAP2025年問題」や、先行き不透明で不確実な時代(VUCA時代)を乗り切るために、企業はどのように「SAP S/4 HANA」へのシステム移行を考えるべきかについて解説します。
SAP ERPのサポート終了 迫られるクラウド化
「SAP2025年問題」という言葉をご存知でしょうか。「SAP」とはドイツのソフトウェア会社SAP社を指すと同時に、同社が提供する同名のERP製品を意味しています。
「SAP2025年問題」とは、世界的に多くの企業が基幹システムとして運用してきたERP製品「SAP ERP 6.0」のメインストリームサポートが2025年に終了するという発表を受け、システム環境の変化による各所の混乱を懸念して名付けられた言葉です。ERP6.0のサポートサービス終了は、後に2027年末まで延長されることが発表されましたが、いずれにせよSAP導入企業はシステム移行に何らかの形で備えなければなりません。そこで有力な選択肢となるのが、ERP6.0に代わる新たな次世代型ERP「SAP S/4 HANA」への移行です。
進むSAP S/4 HANAへの移行
「SAP S/4 HANA」はSAP社による第四世代のERPと位置付けられます。S/4 HANAは、GoogleやMicrosoftといった世界的大企業をはじめ、2019年7月時点ですでに1万1,500社にものぼる企業に提供されています。
S/4 HANAは多くの面でERP6.0から進化していますが、中でも特筆すべきは、インメモリデータベース「SAP HANA」が可能にする超高速なデータ処理能力です。
インメモリデータベースとは、データをすべてメモリ領域に保存するデータ処理モデルのことです。インメモリデータベースにおいては、通常の記憶回路では必要なハードディスクにデータを保存する/呼び出すためのタイムラグがカットされることで、より高速なデータ処理が実現できます。
インメモリデータベースによる高速化は、TCOとストレージコストの削減にも通じるものです。TCOとは、コンピューターの「導入-運用-廃棄」の一連のプロセスにかかる総コストを意味します。つまり、「SAP HANA」をプラットフォームに置くことで、S/4 HANAは社内全体におけるPC業務の効率化が図れるのです。
また、S/4 HANAは「オンプレミス」「クラウド」「ハイブリッド」といった3種類のシステム環境を自由に選べるのも特長でしょう。現在、多くの企業はテレワーク普及に伴い、システムのクラウド化を積極的に進めています。しかしその一方、とりわけ社会インフラなどをになう重大な基幹システムについては、増大するセキュリティリスクに備えるためにもオンプレミス環境で運用した方が安全と言えるでしょう。S/4 HANAは、こうした企業の業態やシステムの特性に合わせた柔軟なシステム運用を可能にするのです。
コンバージョンかリビルドか?2つのS/4HANA移行方式
SAP ERP6.0からSAP S/4 HANAにERPを移す方向は2通りあります。1つはERP 6.0のシステム環境をそのまま移行する「コンバージョン」で、もう1つはゼロからS/4HANAの新機能を導入する「リビルド」です。以下では、それぞれの方法のメリットとデメリットについて簡単に解説していきます。
コンバージョン
コンバージョンは、現行のERP6.0のシステム運用を維持したい場合に適した方法です。コンバージョンではプログラム、カスタマイズ、データをツールにより移行します。
コンバージョン方式のメリットは、リビルドと比較してシステム移行に必要な期間やコストが少なく済むことでしょう。また、現行のシステムがベースとなるため、現場の業務プロセスへの影響も最小限に済み、これまでと同じ感覚でシステムを使えるのも大きな利点です。その反面、旧来のERP6.0のシステムを単純にコンバージョンするだけだと、S/4 HANAの最新機能をフルに活用することが難しいというデメリットも挙げられます。また、システムを全部使いこなせない場合は、導入コストこそ少なく済むものの、長期的に考えた場合の費用対効果としてはリビルドに劣るとも考えられます。
リビルド
リビルドは、S/4 HANAの最新機能を最大限に使いこなしたい場合、またはシステムの移行に合わせて従来の業務プロセスを改善したい場合におすすめの移行方式です。
リビルドは現行のシステムを引き継がず、ゼロベースからシステムを再構築することになります。それゆえ、業務で使うすべてのシステムを一新することになるため、現場への影響も大きく、新しいシステムの使い方を再教育する必要もでてきます。つまり、リビルドはコンバージョンと比較してシステム移行にかかる時間が長くなりやすく、高コストになりがちです。
不安定・不確実・複雑・曖昧な時代のSAPシステム構築のヒント
SAP S/4 HANAへの移行方式を検討する上で押さえておきたいポイントは、今後さらに変化していくであろうIT環境や社会情勢の中で自社がどのように生き抜いていくかを考えねばなりません。
とりわけ、現在は「VUCA時代」と呼ばれています。
VUCA(ブーカ)とは、Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguityの頭文字をつなげた用語です。これらの単語は順に「不安定性」「不確実性」「複雑性」「曖昧さ」などを意味しており、現在の社会情勢の特性を端的に表しています。とりわけ「不確実性」という言葉は、特に強調して使われるキーワードです。例えば経済産業省は2020年度の『ものづくり白書』において「不確実性の時代」の情勢分析や対応策に多くの紙幅を割いており、2021年の3月には、「不確実性時代における中小企業経営の変革に関する調査」についての報告書を公開しました。
ここでいう不確実性とは、米中貿易摩擦などに象徴される国際情勢の緊張、増加傾向にある自然災害、サプライチェーンの寸断リスク、そしてとりわけ新型コロナウイルス感染症のパンデミックが挙げられます。新型コロナウイルスは従来の私達の生活様式を根本的に変え、テレワークの導入や顧客サービスも含むDXの需要拡大など、企業活動にも大幅な影響が出ています。
このように見通し不透明なVUCA時代、コンバージョンおよびリビルドによるS/4 HANAへの移行プロセスは、次のような方針の基に実施するとよいでしょう。
VUCA時代のコンバージョンの考え方
コンバージョン方式のシステム移行の最大のメリットは既に説明したように、短時間・低コストでS/4HANA化を実現できることです。すなわち、一刻も早くレガシーシステムから脱却することを優先するのなら、コンバージョンは有力な選択肢となるでしょう。コンバージョン方式は現行のシステムや業務運用への影響を最小限に留めますが、一方で、従来のシステム基盤に課題があった場合、それが放置されたままになることを意味します。
しかし、そう遠くないこれからの時代においては、DXへの取り組みは欠かせません。単純なコンバージョンの場合はS/4HANAの新機能を利用したDXは難しいため、それとは別個にDX構想を同時並行で実施することをおすすめします。
VUCA時代のリビルドの考え方
ゼロベースからシステムを再構築するリビルドの場合も、レガシーシステムからの脱却は必然的に伴います。リビルドに際しては、業務プロセスやシステム運用の標準化やシンプル化を実現し、新機能を活用できる基盤へ刷新することが求められます。これらのシステムの刷新に際しては、不可避的に業務プロセスの見直しと可視化が必要です。その際には、これまで使っていたシステムの全容はもちろん、そこで生じていた無駄や不便だった点を洗い出し、新しいシステムを再構築するための糧にしましょう。つまり、リビルド方式を採用する場合は、全社的に業務改革に取り組むつもりで、SAP製品を基盤としたDX構想を実施する場合に適しています。
リビルド方式はその性質上、システム構築とその後の運用のための長期的展望に立ったプロジェクトと技術力が欠かせません。もしも自社のIT部門だけでは対応が困難な場合は、株式会社BeeXなど、S/4HANAのシステム移行をサポートするITコンサル会社に相談することをおすすめします。
まとめ
本記事では、SAPのシステム移行に企業がどのように対応していけばいいか解説しました。ここではSAP S/4HANAへの移行を想定して説明しましたが、現行のSAPシステム延命が最適解の場合もあるでしょう。対応に困ったら、株式会社BeeXなどのコンサルサービスを利用し、自社に最善な方法を探し出してみてください。