クラウドサービスを利用する場合の会計処理や、税務上の処理はやや複雑です。公に実務指針が示されてはいるものの、独自の慣習も理解した上で正確に処理する必要があります。特に、減価償却の方法や税務上の損金算入についてはオンプレミス(自社運用)との違いを踏まえて理解することが大切です。
会計処理で知っておきたいクラウドの定義と種類
企業は業務で多種多様なソフトウェアを利用しています。ソフトウェアは経理、会計で使うものから進捗管理ツール、メッセージツールまで無数に存在しており、サービスの提供方法もインストール型やクラウド型までさまざまです。
クラウドサービスを利用した場合の会計処理を正しく行うために、まずはクラウドの基本的な定義やサービスの代表的な種類を把握しておきましょう。
クラウドの基本的な定義
経済産業省は公式サイトで米国国立標準技術研究所(NIST )によるクラウドコンピューティングの定義を紹介しています。それによると、クラウドコンピューティングとは、アプリケーション、サーバー、ストレージといったリソースにネットワーク経由でアクセスして共有することが可能なもので、最小限の利用手続きで利用可能なものとされています。
つまり、クラウドサービスでは物理的な設備を自社で負担するなどの手順を踏まず、ネットワーク経由でリソースを利用できるのが特徴です。これに対し、企業が自社でサーバーなどを物理的に設置しシステムを導入、ソフトウェアなどを利用するのが「オンプレミス」(自社運用)です。
クラウドサービスの種類
クラウドサービスはSaaS 、PaaS 、IaaS の3 種類に大別され、それぞれ初期費用、導入費用、ランニングコストなどが異なります。正確な会計処理を行うために、それぞれのサービスの違いを把握しておくとよいでしょう。
SaaS
SaaS (サース、Software as a Service )は、サービスを提供するプロバイダ(ベンダー)がサーバーなどのハードウェアやネット環境などのインフラに加えソフトウェアも提供し、ユーザーはネットワーク経由でWeb ブラウザ等を通してソフトウェアの機能を利用する形になっているものです。「Microsoft Dynamics 365」などのクラウドビジネスアプリケーション、「gmail 」などのweb メールや、「freee 」「MF クラウド」などのクラウド会計ソフト、クラウド型CRM の「Salesforce」などがこれに該当します。ユーザーは自前の環境にソフトウェアをインストールする手間がなく気軽に利用できるのが特徴です。
PaaS
PaaS (パース、Platform as a Service )は、サーバーやインフラに加えて、ソフトウェアが稼働するためプログラム実行環境やデータベースなどのリソースをベンダーが提供し、そのリソースを土台にユーザーがソフトウェアやアプリなどを自社開発して運用する仕組みです。PaaS ではシステム開発の際に自社でハードウェアやインフラを用意する手間がなく、アプリ開発に集中してリソースを割けるメリットがあります。具体的なサービスではマイクロソフトのサービス「Microsoft Azure 」や「Google Apps Engine 」などがPaaS に当てはまります。
IaaS
IaaS (イアース、アイアース、Infrastructure as a Service )は、ベンダーが用意したサーバーやインフラ環境をベースに、ユーザーが自らアプリケーションを構築する仕組みです。「Microsoft Azure」や「Google Compute Engine 」、「Amazon Elastic Compute Cloud 」などがIaaS の代表的な例です。
クラウドの会計上の取り扱い指針
コンピューターシステムのソフトウェアに関する会計処理については、1998 年に公表された「研究開発費等にかかる会計基準」と、その実務上の取り扱いに関するものとして翌1999 年に公表され2011 年及び2014 年に改正された「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」がベースになっています。クラウドサービスに関する会計処理もこの基準を元に行われています。
この「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」では、ソフトウェア自体と、ソフトウェアに処理されるデータ、映像などのコンテンツを別個のものとして扱っています。その上で、ソフトウェアは市場で販売する目的で作られたもの、自社で利用するために作られたもの、受注制作で機器に組み込まれたものの3 通りに分類しています。
市場販売目的のソフトウェア
前述の実務指針には「市場販売目的のソフトウェアの取り扱い」という項目があります。主にソフトウェアを市場に供給販売するベンダー企業がソフトウェア製品を制作する場合の会計処理の方法が示されています。
これによると、市販品を完成させるための研究開発が終了するまでの、制作活動にかかる費用は研究開発費として発生時に処理します。この「研究開発の終了」は、具体的には「最初に製品化された製品マスター」が完成した時点とされています。完成したかどうかの判断基準は「製品性を判断できる程度のプロトタイプが完成していること」「プロトタイプを制作しない場合は、製品として販売するための重要な機能が完成しており、かつ重要な不具合を解消していること」の2 点です。いったん完成した後に改良などを行ったため発生した制作活動の費用は「制作原価」として資産計上されます。
製品マスターは販売製品の複写元となることから「無形固定資産」となります。会計処理上は製品マスターの制作原価を製造原価に含め、仕掛品と完成品は「無形固定資産」に振替製造原価から控除するのが望ましいとされています。
なお、受注制作で販売するソフトウェアは「工事契約に関する会計基準」の適用対象となります。
自社利用目的のソフトウェア
一般的な企業がソフトウェアを自社で利用する際の会計処理について、資産あるいは費用のどちらとして計上すべきかはそれぞれのケースによります。
「そのソフトウェアの利用により将来の収益獲得又は費用削減が確実であることが認められる」、つまり収益が増えコストカットできることが確実であれば資産として計上します。一方、確実だと認められない場合には費用として処理します。
資産として計上される代表的な事例には、経理会計システムを自社開発し利用することで関連業務にこれまで要していた人件費の削減を見込めるケースなどがあります。この「将来の収益獲得又は費用削減」に関しては市販のソフトウェアを使う場合とクラウドサービスを使う場合、いずれも同様の取り扱いとなります。
資産計上を開始するタイミングについての基準は「要件を満たすことが確実だと認められる状況になった時点」と決まっています。例えば、ソフトウェアの制作予算が承認された稟議書や、ソフトウェアの制作原価を集計するための制作番号を記入した管理台帳等がそのタイミングを証明するエビデンスとなります。
クラウドサービスを利用する際の会計上の処理方法
クラウドサービスの会計処理について考えてみましょう。SaaS 型のクラウドサービスを利用するだけの場合は比較的シンプルな会計処理となります。
基本的には費用として処理
クラウドサービスの月額利用料金は基本的に費用処理することができます。クラウドサービスの場合、企業が利用する設備や情報を保有しているのはサービスを提供しているプロバイダ企業でありその企業ではないからです。
最も普及しているSaaS 型サービスの場合、申し込みをすればすぐに利用開始が可能です。また、特別な設定も必要ない場合が大半なので、導入に伴うカスタマイズなどの初期費用もほぼ発生しません。このような仕組みの場合はプロバイダとの契約料や月額利用料は費用として計上されます。
一方、PaaS やIaaS の場合、契約の内容によって会計処理が異なる場合があるので注意が必要です。PaaSで提供されるプログラム実行環境やデータベースなどのプラットフォーム、あるいはIaaS で提供されるインフラ環境だけで具体的なソフトウェア、アプリケーションが使用可能になるわけではありません。PaaS やIaaS では利用する企業が自前で構築作業を行う必要があります。
実務指針では「導入に当たって必要とされるカスタマイズ費用は取得価格に含める」旨を定めています。PaaS やIaaS の場合はクラウドサービス自体の月額利用料は「費用」として計上される一方、自社で構築したシステムやアプリケーションなどカスタマイズ費用は「無形固定資産」として計上することになります。
また、実務指針ではソフトウェアを無形固定資産として計上する場合、減価償却をする耐用年数は5 年以内を原則とし「定額法による償却が合理的である」と指摘しています。5 年を超える期間で償却する場合は合理的な根拠を示す必要があります。
オンプレミスとの違い
「オンプレミス」とは「自社運用」のことで、ソフトウェアやサーバーなどのシステムを、その企業が管理する設備内に設置し運用する方法です。クラウド型の場合はプロバイダがサーバーや設備を用意してメンテナンスを一元的に行いますが、オンプレミスはそれらを全て自前で行う形になります。企業がコンピューターシステムを使う場合、従来はこの「自社運用」スタイルが一般的でした。しかし、クラウドサービスが普及するにつれ、この方法での自社運用に「オンプレミス」の用語が使われるようになりました。
クラウドの場合は利用企業が設備を構築し、ソフトウェアを開発するわけではなく、自社として資産を保有することにもなりません。なので、月額の利用料について会計上は資産ではなく「費用」として計上します。一方、クラウドサービス導入の初期費用として必要になるカスタマイズにかかる費用は当該ソフトウェアの取得価額として資産計上するのが一般的となります。
オンプレミスの場合、サーバーの構築費やシステムの研究開発費など、サービスを構築して提供するに当たって必要なコストは全て自社で負担することになります。構築したサーバーのハードウェアや通信網、完成したソフトウェアは、基本的に自社の固定資産として計上されます。
クラウドサービスを利用する際の税務上の処理方法
クラウドサービスを利用する場合は、財務会計上の処理だけでなく、税務上の処理についても知っておきたいところです。税務処理では単純に損金計算すればよいというものではなく、要点を押さえる必要があります。
基本的には繰延資産として処理
クラウドサービスは、税務上は基本的に繰延資産として扱います。クラウドサービスは通常、1 年以上の長期間にわたって継続的に利用することを想定しています。クラウドサービスにおける初期のカスタマイズ料は、ソフトウェアの取得価額として税務上、資産として計上し、当該サービスの利用開始から終了まで定期的に費用として償却していく方法が採られています。
実務の手続きとしては、まず繰延資産として計上し、複数年にわたって損金算入します。そのため、継続的に減価償却超過額が発生しているものとして扱い、翌年度以降に償却限度額を超えない範囲で損金として計算されていきます。
このとき、税務上の耐用年数はソフトウェアの償却期間である5 年又は、契約期間が定められている場合はその期間が妥当と考えられます。なお、月額利用料は税務上も費用の扱いとなります。
クラウドで税負担が軽減する場合も
クラウド利用に移行するとオンプレミスに比べて税務上の負担が軽減することもあります。自社でサーバーやデータベースを構築し運用するケースでは、サーバーを保管しておくための土地や置屋といった物理的なスペースが必要です。また、設備投資もしなければならないので、設備を取得する場合に償却資産として固定資産税の対象になるケースがあります。また、ベンダー企業並みの大規模なサーバーを運用して土地を所有する場合は、固定資産税が発生することになります。
一方、クラウドの場合はサーバーなどの設備投資は基本的に不要なので、固定資産税の対象にはなりません。一般的に、それまでのオンプレミスから移行するメリットの1 つとして、税務面での利点が挙げられます。実際にオンプレミスで所有していたサーバー設備などを放棄すると、固定資産税が軽減されるケースも考えられます。クラウドサービスの利用を検討している場合は、税理士に相談しながら税負担をシミュレーションしてみるとよいでしょう。