近年、現実世界とバーチャル世界を融合させる「MR」のビジネス利用が注目を集めています。本記事では、クラウド基盤の活用により今後ビジネス分野での活用が有望視されるMRの概要と、Microsoft社が提供する「Azure Spatial Anchors」の仕組みについて解説します。
そもそもMRとは?
MRとは「Mixed Reality」の略称で、日本語では「複合現実」と訳される技術です。現実世界とバーチャル世界をミックスさせる技術を指し、バーチャル世界をベースとしたVR(仮想現実)と、現実世界をベースにしたAR(拡張現実)をさらに発展させた最先端テクノロジーとして、近年注目を集めています。MR体験に用いられるのは、特殊カメラやセンサーを搭載したウェアラブルヘッドセットです。
MRデバイスを起動することにより出現する3D空間が現実世界とシンクロするため、目の前の空間にホログラムで表示される対象物に近づいたり、上下左右の自由な角度から見たり、対象物の後ろ側にまわり込むことも可能です。シンクロによりホログラムで投影したリンゴを現実世界にあるテーブルの上に乗せることも可能で、相互作用の特性により、現実世界のテーブルをその場からどかせばリンゴは床に転げ落ちます。このような現実世界とバーチャル世界の自然な相互作用は、これまでのVRやARでは不可能でした。
カメラやセンサーで集めた情報を駆使して、MRデバイスを装着した人の詳細な位置情報を割り出せることから、建築や製造、医療の分野ではいち早く研究が進められている分野です。このソリューションを用いることで、製品の試作品を実物そのものの形と大きさでその場に投影し、確認できる未来が来るかもしれません。MRはより実像に近い形で認識を共有できるものとして、現在さまざまな業界に注目されています。
なお、今後MRデバイスとIoTが普及すれば、物理空間の情報をそのままバーチャル空間に再現する「デジタルツイン」の市場拡大が現実となり、人手不足と働き方改革における取り組みに大きく貢献するのではなかと期待が高まっています。
MRで空間アンカーが果たす役割
2016年、Microsoft社はMR体験を可能にするウェアラブルデバイス「HoloLens」の販売をアメリカでスタートさせました。幅広い分野においてMR技術が認知されるようになった昨今、クラウドサービスとの融合がMRの可能性をさらに広げると話題になっています。膨大なデータを素早く処理できるクラウドの特性を活かせば、広大な市街地であっても多くのユーザーが情報を共有できるようになるのです。
「HoloLens」の特徴的な機能が空間アンカー(Spatial Anchor)です。空間アンカーを使って現実空間にデジタルの物体を固定できます。そしてその空間アンカーをクラウド上で管理することで、複数端末間で共有することができます。
空間アンカー(Spatial Anchors)の仕組み
空間アンカーでは、どのように現在地を特定したり、デジタルな基準点であるアンカーの位置を検知したりするのでしょうか。空間アンカーは、HoloLensのカメラ画像を通して周辺環境の特徴を情報として取得し場所を特定します。空間アンカーと別の空間アンカーは、リレーションを設定することも可能です。
リレーション設定されたアンカーは、アンカー同士の相対位置を照らし合わせて他のアンカー位置を特定します。このように、ある特定のアンカーを基準に2つ目以降のアンカー位置を示す座標は相対座標と呼ばれています。HoloLensは、前後・左右・上下への移動を追跡する6DoF(シックスドフで相対座標を導く仕組みとなっているため、より現実に近いMR体験が提供されるのです。
「Azure Spatial Anchors」を使用すると、システムが時間を超えてアンカーを追跡するため、配置されたホログラムは長期的に正しい位置へと固定され続けます。現実世界の物理空間に配置した空間アンカーの座標位置は、クラウドへ保存されます。この空間座標系は、物体の位置や向きを判断する役割を担っており、メートル単位で表現されます。たとえば、現地点を基準に南方向へ3m離れた場所にあるオブジェクトは、実際に3m離れた場所へと設置される仕組みになっているのです。
MRデバイスを装着して自由に動いても、オブジェクトが静止したままの状態で安定を保っていられるのは、アプリケーションが起動時に作成する静止座標系によるものです。また、ユーザーと一緒に移動する従属座標系もMR体験において欠かせない座標系といえます。この従属座標系により、ユーザーを基準として向きが固定されるため、MR空間において周囲を快適に見回せるようになっているのです。
Azure Spatial Anchorsの特長
「Azure Spatial Anchors」は、現実空間のトラッキングにより生成したデータ(空間の情報)と、複数のユーザーが同じ場所に仮想オブジェクトを配置するために必要な共通座標系(アンカー)を複数の端末で共有するために活用するツールです。「Azure Spatial Anchors」を活用すると、アンカーのアクセス許可と永続性が追加されます。これにより、ユーザーはアプリケーション内でアンカーに接続できるようになるため、近くのオブジェクトを見つけられるという仕組みになっているのです。
Azure Spatial Anchorsを活用すれば、世界中でシェアされているAzureを利用して3Dコンテンツをレンダリングできます。「Azure Active Directory」の認証機能によりSpatial Anchors accountに対して適切なアクセス制御を行えるなど、セキュリティ性にも優れています。また、Azureの別の機能を利用して、データの保護やワークロードを厳重に監視して脆弱性を検出・修正することも可能です。
さらに「Azure Backup」により、ランサムウェアへの感染といった万一の事態にも、データの復旧が容易に実行できます。Azure Spatial Anchors がサポートしているデバイスは、HoloLens、ARKit対応のiOS、ARCore対応のAndroidです。それぞれに適したクイックスタートテンプレートを標準搭載しているため、ユーザーはどの環境でも素早くアプリケーションを構築できます。
またMicrosoft社からは、クロスプラットフォーム対応のアプリケーション開発を支援する「MRTK-Unity」も提供されているため、開発期間の短縮も望めます。より多くのユーザーにMR体験を提供できるようになるでしょう。
Azure Spatial Anchorsで出来ること
上述したように、Azure Spatial Anchorsは、現実の物理空間に設置されたアンカー座標位置を保存する機能を有します。この機能を活かして、クラウド上で管理する空間アンカーを複数のユーザーで共有できれば、これまでとは違うまったく新しいサービスをユーザーに提供できる可能性が高まるのです。
たとえば、この技術をゲームで活用すれば、プレーヤー同士が近くのコンテンツをスマートフォンで検索し、他のプレーヤーと一緒にMR体験を共有することも可能になるでしょう。
また、建設現場や製造業において、次に必要な作業の手順やその完成図を投影するといった活用法も考えられます。作業に関わる従業員すべてがスムーズに情報を共有できるようになれば、効率化だけでなく、作業に対する意識統一も実現するかもしれません。
ビジネス現場におけるMR技術の活用はまだ始まったばかりですが、今後、多様な業界で積極的に取り入れていくことで新たな発想が生まれ、これまでにないビジネスチャンスが見つかる可能性は十分にあるといえるでしょう。
まとめ
現実世界とバーチャル世界を融合させるMR技術は、今後さまざまなビジネスシーンでの活用が期待されています。「Azure Spatial Anchors」は、これを下支えするツールであり、マルチユーザー間でのコンテンツ共有も可能です。HoloLensを活用したMRのビジネス利用は、今後さまざまな業界において変革を起こすものと考えられています。