製造業における設備保全とは、安定的な生産体制の維持と従業員の安全、品質の確保に欠かせない重要業務です。適切な設備保全による生産コストの適正化は、企業にさまざまなメリットをもたらします。デジタルの発展に伴い製造のリードタイムが短縮化する昨今、企業が競争力を高めていくためには、設備保全の高度化を目指す必要があります。
設備保全の考え方
設備機器が故障すると生産の停止だけでなく、場合によっては従業員の安全を脅かすなど、さまざまなリスクが生じてくるでしょう。ここでは、設備保全の定義と実施する目的、メンテナンスとの違いについて解説します。
設備保全とは
そもそも設備保全とはどのような業務を指すのでしょうか。生産管理用語に関するJISの資料によれば、設備保全とは「設備性能を維持するために、設備の劣化防止、劣化測定及び劣化回復の諸機能を担う、日常的又は定期的な計画、点検、検査、調整、修理、取替えなどの諸活動の総称」と定義されています。
(引用:https://kikakurui.com/z8/Z8141-2001-01.html)
この定義から、設備保全を行う目的には、機械や設備の状態を正しく把握して安定的に稼働できる状態を維持するための「日常的な設備保全」、突発的に発生する異常や故障を検知した際に適切な処置を行う「突発的な設備保全」に分かれることが理解できます。
設備保全の目的
製造業には「品質(Quality)」「コスト(Cost)」「納期(Delivery)」といった3つの重要な要素があり、これらの要素を向上させていくことが設備保全の活動目標です。適切な設備保全の実施は、安定的に高い稼働率を維持する効果があります。また、生産設備の停止による損害を最小限に抑えるためには、機械設備部品の長寿命化に目を向ける必要もあります。
生産設備が適切に管理されていないことにより、生産コストが増大すれば、生産物の価格高騰を引き起こす恐れも出てくるでしょう。設備保全に関する作業は、あらゆるリスクを回避するために欠かせない大切な業務といえるのです。
メンテナンスとの違い
設備保全とメンテナンスに明確な違いは存在しません。これらの活動はどちらも設備を正常に稼働させることが目的であり、点検や修理を行うといった作業の目的や内容は同じです。ただし、それぞれのニュアンスには若干の違いがあります。設備保全は、設備が壊れないための予防や安全を保つ活動という意味合いが強くなっています。対して、メンテナンスと言う場合には、故障してしまった機械や設備を修理する意味で使われるケースが多くなっているようです。
設備保全の重要性
製造業において、設備保全は非常に重要な役割を果たしています。設備保全が適切に実施されていない場合、どのようなリスクが高まるのでしょうか。まず考えられるのは、不具合の発生による生産ラインの部分的な停止、または完全な停止による生産の遅延です。稼働の停止による時間的・経済的な損失を回避しなければ、効率化による生産性の向上は実現できません。
また、設備の故障や劣化は不良品率の上昇につながります。原材料費のムダや品質の悪化を防ぐには、定期的な点検による問題の早期発見と適切な対処が必要です。さらに、予期せぬ設備の故障は重大な事故を引き起こしかねません。企業には、労働者の安全に配慮する義務があります。長期にわたり設備機器を安全に使っていくためには、定期的な点検やメンテナンスの実施が欠かせないのです。
設備保全の3つの種類
製造業において、製品の品質管理は顧客満足度の向上につながる重要なものです。製造ラインの正常な状態を維持するためには、人(Man)・機械(Machine)・方法(Method)・材料(Material)といった「4M」を適切に管理して、品質の悪化を防ぐ必要があります。この4つの要素のうち「機械(Machine)」に該当するのが設備保全の仕事です。
生産設備のトラブルを限りなくゼロにしていくには、定期的な点検やメンテナンス作業が欠かせません。設備保全で実施する業務には、主に3つの種類があります。ここからは「事後保全」「予防保全」「予知保全」の違いについて紹介します。
事後保全
これまで、設備保全といえば、生産設備や機械が故障した際に対策を実施する「事後保全」が一般的でした。事後保全の場合、突発的に発生するトラブルに対応するため、事前にスケジュールを定められず、稼働率を維持するのは困難です。事後保全のみを実施する際には、日常的な点検コストが発生しないため、主業務に専念できる点ではメリットがあるかもしれません。ただしトラブルが発生すれば、影響が及ぶ範囲や復旧に要する時間によって、計画に大きな狂いが生じてしまうでしょう。
予防保全
機械の故障や不具合の発生を未然に防ぐため、定期的に行う点検作業を「予防保全」と呼びます。予防保全では、あらかじめ定めた期間で消耗した部品を交換する「時間基準保全(TBM)」と、定期点検で劣化が見つかった場合に部品を交換する「状態基準保全(CBM)」という手法があります。点検、清掃、調整など、予防保全作業の定期的な実施により、問題が小さいうちにトラブルに対処できるのが利点です。
ただし、予防点検はトラブルを未然に防ぐことを目的としているため、安定性と安全面において信用が向上する一方で、余計なコストがかかるというデメリットも潜んでいます。部品の耐用年数は、機械を使用する環境・条件によって異なるものです。適切な部品の交換時期を見極められなかった場合、まだ交換しなくてもよい部品を処分してしまうなどコストの増大が懸念されます。
予知保全
近年、製造業界では、各種のセンサー機器を搭載したIIoT(産業用IoT)やAI(人工知能)を導入して効率化を図る事例が増えています。「予知保全」は「予兆保全」とも呼ばれており、トラブルを未然に防ぐために機械や生産設備を継続的に監視して、異音や振動の異常から故障の兆候を察知するものです。部品交換頻度や保全担当者の適正化を可能にするだけでなく、ダウンタイムを最小限に抑えるなどのメリットにも期待できます。
故障を未然に防ぐといった点では予防保全と同じですが、両者には実施するタイミングに違いがあります。予知保全の場合、保全を実施するのは機械の故障を察知したときです。対して予防保全では、メーカーの指示や従業員の経験により、機械が壊れるまでの使用期間・回数を定めて保全を行うため、耐用年数よりも早い不具合や故障には対応できません。IIoTを用いた予知保全では、データに基づいた機器の故障や不具合の兆候を予測できます。
設備保全の課題とあるべき姿
設備保全業務において、人手不足と属人性の課題を抱えている企業も多いのではないでしょうか。予防保全・予知保全の強化は、さまざまな問題の解決に有効です。ここでは、製造業が抱える設備保全の課題とその将来について解説します。
設備保全の課題
昨今では、働き方改革や製造のリードタイム短縮などを背景に、多くの企業が安定した設備稼働を目標に掲げています。これを実現するには、保全コストを削減しながら設備の稼働率を高めていかなければなりません。また、これまでの保全業務では、熟練工の知識や勘に依存した管理方法に頼るという傾向もありました。
しかし、少子高齢化による人手不足が深刻化する中で、このような管理体制を継続すれば業務の属人化を助長してしまいます。技術の継承が行われないまま、高度な知識と技術を持つ従業員が引退してしまえば、生産性の低下に大きな影響を及ぼすでしょう。さらに昨今では、人的要因による設備事故が増えているといったデータもあります。
消防庁が公表している「石油コンビナート等特別防災区域の特定事業所における事故概要」の令和2年版によると、人的要因による事故が全体の37%、設備保全の維持管理不十分による事故は10%を占めることが報告されています。
製造業におけるDXの推進は、人手不足の解消だけでなく属人性からの脱却にも有用です。さまざまなノウハウをデジタル化して蓄積して社内でスムーズに共有できるよう環境を整備すれば、技術継承問題の解決につながるのです。
今後のあるべき姿とは
今後の製造業における設備保全の理想とは、どのようなものなのでしょうか。上述したように、製造業では近年デジタル化が急速に進み、設備保全に対する課題やあるべき姿にも変化が見られるようになりました。専門技術に長けた貴重な人材をフルに有効活用すべく、リモート作業支援を導入したり、保守点検作業管理のモバイル化などを通して作業員の業務効率化に取り組んだりする事例も増えてきています。
最近では、IIoTやAI技術の活用により予知保全の高度化が実現すれば、設備や機械自体の稼働率が向上し、さらなる生産性のアップが見込めると期待が高まっています。将来的に設備保全を考えていくうえで、デジタル技術の積極的な活用は、さまざまな課題を解決するために不可欠なものなってくるかもしれません。
まとめ
設備保全の効率化・高度化の実現に向けて、バーチャル世界と現実世界を複合する「MR」が注目を集めています。Microsoftの「AzureHoloLens 2」を設備保全に活用すれば、リモートで業務に携わる作業指示者と現場の作業者間で、3Dホログラムで表示された情報と視野を共有しながら設備保全作業に取り組むことも可能です。