クラウド移行というと、業務システムをSaaSやDaaSによる最先端のクラウドサービスに置き換える印象があるかもしれません。しかし、自社サーバーで稼働しているERPのような基幹系システムのクラウド移行も可能です。ハードウェアのメンテナンスの負荷を削減するとともに、災害時のためのバックアップとリカバリも可能です。
ICTソリューションを提供する株式会社JSOL(ジェイソル、以下JSOL)では、クラウド移行と活用を支援しています。JSOLが手掛けたAzure活用事例のひとつに、自社内で運用していたオンプレミスのSAP ERPをAzureに移行した案件があります。
オンプレミスでSAP ERPを運用するときのEOSの負荷軽減と災害対策の実現を、Azure移行で解決した事例を取り上げます。
導入前の課題、ハードウェアEOS対策とDRの実現
事例として取り上げる企業は製薬会社です。仮に企業名をC社としましょう。製薬会社C社では、長期間に渡りSAP ERPによる基幹系システムを自社内のサーバーで運用していました。
しかし、SAP ERPの運用にあたっては、管理する人材リソースの不足や予算面に課題がありました。また、多くの企業で注力している災害復旧(DR:Disaster Recovery) を整備したいと考えていましたが、費用対効果が見合わないために見送っていました。災害に直面したときだけ必要になるハードウェア資産を保有することは、コストがかかるからです。
C社が抱えていた課題をさらに整理します。
ハードウェアのEOS対応が人的リソースと予算を圧迫
SAP ERP を中心とした基幹系システムを自社のサーバーで運用していましたが、5年周期でハードウェアのEOS(End Of Support、サポート終了)があります。
EOSの時期にはプロジェクトを立ち上げて、新規ハードウェアの購買と導入、データを移行するベンダーの選定、プロジェクトの進行管理などに、社内のIT部門の人的リソースと予算の多くを投入しなければなりませんでした。
ところが、 IT 部門ではデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進など、戦略的に担わなければならない業務が増えつつありました。この課題を解決するには、ハードウェアのEOSに関わる負荷を軽減し、 DXの推進などの戦略的業務にリソースを配分して、予算を投下することが重要になります。
災害時だけ使う遠隔地拠点のハードウェア費用が課題
一方で、事業継続計画(BCP)のひとつとして、DRの対策を徹底することは、持続的な経営を実現するためになくてはならない基盤です。
地震や台風など予測不可能な自然災害によってデータセンターが被災し、最悪の場合に崩壊する事態に直面しても、基幹システムのダウンタイムを最小限に抑えて復旧を行い、事業を継続しなければなりません。遠隔地の拠点で基幹システムを自動的に再稼働させる機能が必要です。
過去の震災の教訓から、C社でもDRを検討していました。しかし、遠隔地の拠点に災害時だけの多額の投資をしなければならないため、必要性とコスト面の板挟みにあって、導入には至ることができませんでした。
AzureによるEOS負担の解消とDRの実現
製薬会社C社の担当者は、以前からパブリッククラウドの活用を検討していました。そこで基幹システムの運用保守を委託していたJSOLに、SAP ERP運用を含めたパブリッククラウドの活用を相談し、そのきっかけからクラウド移行が進展します。
SAP ERPのシステムをAzureに移行することにより、ハードウェアのEOS対応はクラウド上で行われることになります。検討事項だったDR対策に関してもAzureの機能で実現しました。遠隔地の拠点のサーバーは通常は停止させているため、運用コスト削減のメリットがあります。
Azure への 移行で EOS 負担解消
パブリッククラウド活用に関心があったIT部門の担当者が懸念していたのは、導入と運用に費用がかかるのではないか?ということでした。しかし、JSOLとの相談を通じてコスト面の不安は解消し、セキュリティ面における有効性があること、さらに多くのSAPユーザーがパブリッククラウドを利用していることを知りました。
導入の懸念事項をクリアすることによって、次期システムのプラットフォームとしてパブリッククラウドを利用する方針を定めます。
Azureを選択した理由は、JSOLが行ったクラウド移行アセスメントでクラウドサービスを比較したところ、 Azure のバックアップおよびDRの自動化サービスの利便性に魅力を 感じたからです。
ハードウェアEOSのタイミングを利用して、JSOLとともにSAP ERPのクラウド移行プロジェクトを推進し、無事に移行を終えて本番環境における安定稼働を実現しました。
Azure Site Recoveryによって、コストを抑えたDRを実現
検討項目だったDRに関しては、Azure Site Recovery(ASR)を利用して DRを実現しました。ASRによって東日本リージョンのプライマリサイトを西日本リージョンにレプリケーションを行う仕組みです。
西日本リージョンのサーバーは停止したまま、東日本リージョンにある本稼働環境のデータの同期を行うことが可能になります。したがって、運用費用を安価に抑えることが可能です。Azureではサーバーの稼働時間で従量課金が行われるため、停止しているサーバー環境の運用費用は最小限になるからです。
この事例のポイントとAzure Site Recovery
この事例のポイントは、まず人件費とハードウェア購入費用を削減するためにAzureを選択したことにあります。
人工知能や仮想デスクトップのAzure Virtual Desktop(旧Windows Virtual Desktop)など、Azureには先進的なワークスタイルを実現するための機能が備わっています。もちろん最先端の機能には魅力がありますが、多くの企業が直面している優先課題は人材不足やコスト削減ではないでしょうか。
IT部門が戦略的なDXに取り組むためには、まずIT部門の現場における作業負荷や予算を圧迫する過剰なコストを取り除く必要があります。製薬会社C社は、Azure移行によって、ハードウェアEOS時の人的およびハードウェアのコスト削減と同時に、ハードルの高かったDRを実現しました。まさに一石二鳥です。
DR対応として選択したAzure Site Recoveryの概要を簡単にまとめます。
サービスとしてのディザスターリカバリー(DRaaS)として提供されているAzure Site Recoveryは、Azure portalから別のリージョンに仮想マシンをレプリケートするだけで簡単にDRを構築できます。新機能の追加は自動的に行われるため、IT担当者の作業を軽減することが可能です。
物理的なサーバーや仮想マシンをすべて同期させるレプリケーション、同期した仮想マシンを作成して自動的に待機中の環境に切り替えるフェイルオーバーの機能を利用できます。Azure Backupのサービスを利用して、複雑なバックアップのソリューションを利用しなくても、短期間と長期間におけるデータ保護を実現します。
事例の補足として、一般的なバックアップとリカバリの流れを説明します。
通常の状態では稼働中のプライマリサイトをAzureが監視し、Azureの災害対策用サイトにレプリケーションを行います。このとき、ストレージの領域だけを利用するため仮想マシンは停止状態にあり、コストを抑えられます。
災害の発生時には、Azure Site Recoveryの復旧計画を実行して、災害対策サイトの仮想マシンが起動します。
災害の復旧時には、Azure Site Recoveryがプライマリサイトに対してフェイルオーバーを実行します。このとき、Azureの災害対策サイトはストレージ領域だけを運用して、プライマリサイトに対するレプリケーションを行います。
製薬会社C社の事例にもありましたが、プライマリサイトがオンプレミスであってもAzure上の仮想マシンであっても、Azure Site RecoveryによりDRの対策ができます。
まとめ
ERPを始めとする基幹系の業務アプリケーションのクラウド化が進んでいます。SAPとMicrosoftはお互いのソリューションをそれぞれの社内で導入して検証し、そのノウハウを顧客向けのサービスとして提供しているパートナーです。
Azureによって、ハードウェアのEOSに関わるコスト削減と同時にDR導入を実現した事例を紹介しました。人的リソースの不足を解消して予算の最適化を図りながらバックアップ環境を強化できることは、大きなメリットといえるでしょう。
JSOLでは、ハイブリッドクラウド構築、パブリッククラウド運用管理から、VDIやOffice 365の導入支援を行っています。また、医薬品・医薬部外品の製造販売業に向けてCSV (Computerized System Validation)適用に関するリファレンスも提供しています。